広州富力足球倶楽部ヘッド・オブ・ユースアカデミー・コーチング菊原志郎インタビュー(2) 中国の最高指導者・習近平は、…
広州富力足球倶楽部ヘッド・オブ・ユースアカデミー・コーチング
菊原志郎インタビュー(2)
中国の最高指導者・習近平は、大のサッカー好きとして知られている。彼が掲げた「中国でW杯を開催する」「W杯に出場する」「W杯で優勝する」という目標に向け、国策としてサッカーを強化。中国スーパーリーグに所属するクラブのアカデミーは、海外の先端事例を導入するため、ヨーロッパや南米、日本の指導者を次々に招き、強化を促進している。

選手育成のスペシャリストとして、中国で活躍している菊原志郎
広州富力のアカデミーで指導をする菊原志郎もその一人だ。東京ヴェルディ、年代別日本代表、横浜F・マリノスのアカデミーなどの指導を経て、2018年より広州富力アカデミーU-13の監督に就任すると、2年目には日本のインターハイに相当する大会で優勝。最優秀監督に選ばれるなど結果を残すと、その手腕が買われ、2019年のシーズン切り替わりを待って『ヘッド・オブ・ユースアカデミー・コーチング』という、育成組織を統括する役割に任命された。
菊原が所属する広州富力アカデミーは、大規模なサッカー学校をつくり、選手を集めて強化する、中国式の育成方式ではない。どちらかというと、日本の育成環境に近いという。
「僕がいる広州は大都会なので、学校と連携して選手の強化をしています。中国は学校の施設が充実していて、グラウンドも良いものが多いんです。同じ広州を本拠地とする広州恒大はサッカー学校をつくって強化を進めていますが、広州富力はそうではなく、地域や学校と連携して子どもたちを育てましょうというスタンスです」
とはいえ、施設は日本と比べて豪華である。天然芝の小競技場規模のグラウンドを学校が保有し、そこで年間を通じたリーグ戦が行なわれている。
「もともと、中国の育成年代にリーグ戦文化はなかったのですが、世界はどうやって選手を強化しているのかを、中国に来ている外国人指導者にヒアリングをした結果、どの国も年間を通じたリーグ戦を行なっていることがわかりました。『それなら中国もやろう』となり、すぐにリーグ戦が導入されました。このスピード感はすばらしいと思います」
広州富力がある地域は、日本の港区や丸の内といったエリアに似た雰囲気がある。菊原いわく「都会的で外国人や富裕層が多く住んでいる地域」だという。
「だから、サッカー以外の教育にも力を入れる保護者が多いです。もともと中国は競争社会、学歴社会なので、小学1年生でも、学校の授業が夕方まであります。宿題もとにかく多いので、選手たちは練習の直前まで宿題をしていますし、遠征には英語と数学の教師をクラブが連れていきます。さすがに、ここまでしているのは広州富力だけだと思います」
全国大会の期間中も、午前中に試合をしたら、午後は勉強の時間をとるなど、サッカー以外の教育にも力を入れている。その甲斐あって、広州富力のアカデミーは昨年「最優秀育成クラブ」として表彰を受けたという。
W杯出場、そして優勝という習近平の夢実現に向けて、自国選手の育成に力を入れる中国。リーグの規定を次々に変え、育成に資金が流れるように設計中だ。
「中国スーパーリーグのクラブは、フッキやオスカル、パウリーニョなどのブラジル代表選手やルイス・フェリペ・スコラーリ、マルチェロ・リッピなどW杯優勝経験のある監督を連れてきて、トップリーグのレベルは上がってきましたが、代表チームはそれほど強くなっていません。結局、子どもからしっかりと指導をし、育成することが大事だとわかり、『年間予算の15%をアカデミーに使いなさい』というルールと『移籍金で外国人選手を獲得した場合は、同額を中国フットボール基金に払う』という決まりができました」
ちなみに、広州富力が2019年1月に獲得した、ベルギー代表のムサ・デンベレの移籍金はおよそ15億円。それと同額が中国フットボール基金に支払われ、若手選手の育成に費やされる計算だ。さらに、広州恒大はレアル・マドリードと提携、広州富力は梅州にもアヤックスと提携したサッカー学校を運営するなど、世界の先端を凄まじい勢いで吸収しようとしている。
「基本的に僕らはクラブの要望に応える立場なので、彼らとうまくコミュニケーションをとって進めることが大切だと思っています。日本はこうだからと押しつけても、うまくいかないですよね。中国人と日本人が協力して、中国の子どもたちを成長させることがポイントで、広州富力の指導者みんなで良いクラブ、良いアカデミーをつくる。その結果、サッカーを通して子どもが成長できたり、関わる人たちが幸せになればいいなと思っています」

学校のグラウンドでの練習だが、施設はかなり充実している(写真は菊原氏提供)
「サッカーに国境はない」とはよく聞くフレーズだが、菊原は海外で指導をすることで、日本にいるとき以上にそれを痛感しているという。
「いまはグローバルな時代で、誰とでもいい仕事をする能力が求められています。そのためには、自分の考えを押し通すだけではダメで、彼らの要望も聞き入れながら、お互いに歩み寄って良い方向へ進んでいかなければいけない。日本は25年前にJリーグができて、外国人選手や指導者から多くのことを学び、最近ようやく『日本代表は日本人監督で』という流れになってきましたよね。中国も、今後はそうなると思います。だから、僕らは中国人のコーチを教育し、彼らが一人前になるのをサポートする。それが結果として、中国サッカー全体の発展に寄与することになると思っています」
広州富力では、日本人スタッフと中国人スタッフが連携して、子どもたちを育成する環境ができ始めているという。菊原は2019年秋より、ヘッド・オブ・ユースアカデミー・コーチングとして、日本と中国で培ってきた経験を注ぎ込み、アカデミーのスタイルを確立し、子どもたちをさらに成長させるというミッションに挑むことになる。そこにはアジアのライバルなどという、ちっぽけな視点は一切なく、ひとりのグローバルなサッカー人として、クラブの発展と選手の成長に向き合うつもりだ。
菊原志郎
きくはら・しろう/1969年7月7日生まれ、神奈川県出身。小学4年生から読売クラブ(現東京ヴェルディ)でプレー。16歳でトップチームの試合にデビューし、以後同クラブの中心選手として活躍。Jリーグではヴェルディ川崎、浦和レッズでプレー。引退後は東京ヴェルディの育成組織や、U-17日本代表、JFAアカデミー福島、横浜FMジュニアユースでコーチや監督を務める。2018年より中国の広州富力のアカデミーで指導を行なっている。