まずは、勝負を振り返るうえで御法度とも言うべき、”たられば”の話をしてみたい。無粋との指摘はあるだろうが、そうすることで、勝負の決着がどれほど際どいものだったのかが実感できるはずだ。 レッドブル・エアレース・ワ…

 まずは、勝負を振り返るうえで御法度とも言うべき、”たられば”の話をしてみたい。無粋との指摘はあるだろうが、そうすることで、勝負の決着がどれほど際どいものだったのかが実感できるはずだ。

 レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップの2019年シーズン最終戦(第4戦)は、9月7日、8日に千葉・幕張海浜公園で行なわれ、室屋義秀が優勝。5年連続5回目の開催となる千葉でのレースで、3度目の優勝という地元での強さを見せつけた。

 しかし、シーズン全4戦のチャンピオンシップポイントによって争われる年間総合優勝は、過去に3度の総合2位を経験しているオーストラリア人パイロット、マット・ホールが初めて手にした。


エアレース最終戦の千葉で勝利した室屋

 

 チャンピオンシップポイント81でランキング1位のホールと、同80で2位の室屋とのポイント差はわずか1。ちょっとしたことの違いで、勝者と敗者が入れ替わっていた可能性は十分にある。

 例えば、第2戦(ロシア・カザン)の予選。室屋は3位のフランソワ・ルボットにわずか0.1秒ほど及ばず、4位に終わった。だが、もしも室屋がルボットをかわして3位に入っていたら、予選ポイント1を獲得し、最終的にホールに並ぶことができていた。そうなれば、優勝回数で上回る室屋が年間総合優勝を手にしていたのだ。

 あるいは、最終戦のファイナル4。最初に飛んだピート・マクロードがふたつのペナルティを犯し、5秒ものタイム加算を受けたことで、自力で年間総合優勝を決めるためには3位に入ればいいホールにとっては、かなり楽な状況になった。もはや無理をしなくとも、マクロードのタイムを下回る(4位になる)可能性はほとんどなくなったからだ。

 もしもマクロードがノーペナルティで飛び、59秒台前半のタイムを出していれば、ホールにもプレッシャーがかかり、4位に終わることがあったかもしれない。

 そして極めつきが、第3戦(ハンガリー・バラトン湖)の予選である。

 当時、チャンピオンシップポイントランキングで首位に立ち、予選の最後に飛んだ室屋は手堅く3位に入り、予選ポイント1を獲得した、はずだった。ところが、フライトを終えて着陸し、ハンガーに戻ってしばらくしてから、ペナルティがあったとして1秒のタイム加算がなされ、9位に繰り下げられる前代未聞の裁定が下されたのだ。

 この時に”剥奪”された1ポイントがあれば、室屋はホールに並ぶことができていた。すべての結果が出た今になってあらためて振り返ると、あまりに重い”幻の1ポイント”だったことになる。

「もうホントに、返してって感じ」

 およそ2カ月前を振り返り、室屋はそんな言葉を口にした。

 もちろん、本気ではない。その証拠に、室屋はそう言い終わると、ケラケラと笑った。本来なら思い出すのも腹立たしい出来事だったに違いないが、自らの年間総合優勝を阻んだ幻の1ポイントを、今となっては笑い飛ばせるだけの充実感を覚えている、ということなのだろう。

「あそこで”勝負あった”だったんだと思います」

 室屋がそう語り、幻の1ポイント以上に重要な勝負の分かれ目だったと振り返るのは、第3戦のラウンド・オブ・14。室屋が予選9位に繰り下げられたことで、同6位のホールと対戦した時のことである。

 第3戦を前に、チャンピオンシップポイントランキングで首位に立っていた室屋は、同3位のホールを17ポイントもリードしていた。だが、室屋はホールを「マットも(調子が)上がってきているから」と強く警戒。そんな相手といきなりの対戦が決まった時には、「どうせどこかで戦わなければいけないんだから」と語り、室屋はポイント争いのライバルを初戦で叩く絶好の機会を得たとばかりに、必勝の態勢を整えていた。

 しかし、結果はホールの勝利。室屋はフライト直前に予想していた風がパタリと止んだことで、想定したラインが完全に裏目に出て失速。ホールに2秒近い大差をつけられ、完敗を喫した。

「あそこでチャンピオンシップ(の行方)は決まったということでしょう」

 室屋はそう言って、この直接対決こそが、”事実上の決勝戦”だったことを認める。

 今季全4戦中3戦で優勝しながら、年間総合優勝を逃した室屋の視点に立てば、第3戦の取りこぼしが痛かった、ということになる。

 だが、一方でホールの視点に立てば、室屋がポイントを取りこぼしたわけではなく、自ら勝負どころでライバルを直接叩き、ラウンド・オブ・14敗退(12位)に追い込んだ、ということになる。

 今季のホールは、全4戦で5、2、1、3位と成績が安定。そのうえで直接対決のチャンスを逃さず、独走態勢を築きつつあった室屋を下した。ホールは、決して室屋の取りこぼしに助けられたわけではなく、自力で世界王座をつかみ取ったと言っていいのだろう。

 室屋も潔く勝者を称える。

「これがチャンピオンシップ。ワールドチャンピオンシップというのは、こういうものだと思う。シーズンを通してみれば、マットのほうがずっと安定してた。バラトン湖での対戦は、風の影響もあったけど、自分のラインのミスもあった。トータルで言えば、マットのほうが今年は実力が上だったということだと思います」

 思えば今年5月、今季限りでのレッドブル・エアレース終了が突然発表され、今季のレースも9月までの全4戦に短縮されることが決まった時から、室屋は自身の世界一奪還計画を”短期決戦モード”へと切り替えた。

「(終了発表の時点で)あと3戦しかなく、(最終戦が9月と)時間的にも限られるなかで、カザン(第2戦)の少し前くらいからかな、自分自身のフィジカル的なものもそうだし、技術的なトレーニングもそうだし、機体やフライトシステムの研究とかも含めて、この3カ月くらいの間で一気に進めてきた。このペースで1年間続けるのは無理っていうくらい、やれるだけのことはやってきました」

 そんな達成感があったからなのだろう。室屋は千葉での最終戦を前に、こんなことを話していた。

「最後にもう一回、最高の準備をして、自分がどれだけの力を出せるのか。それが今は楽しみなんです」

 最終戦で優勝することはできた。だが、逆転での年間総合優勝には、あと一歩届かなかった。目標は達成されたとも言えるし、されなかったとも言える。

 最高の準備はできましたか――。あらためてそんなことを尋ねると、室屋は大きくうなずき、即答した。

「100%満足していいと思います」

 そして、室屋は「チャンピオンシップ(年間総合優勝できるかどうか)は自分の力というより、他との相対勝負だったので。1年トータルでは、そういう実力だったということでしょう」と話し、納得の笑みを浮かべた。




レース後の記者会見でも室屋は満面の笑顔

 ラウンド・オブ・14では、世界チャンピオンへの最短距離にいたマルティン・ソンカが、まさかの敗退。室屋にしてもベン・マーフィーに敗れ、ファステスト・ルーザー(敗者の中の最速タイム)での敗者復活だった。レース開始早々から予期せぬ出来事が次々に起きた波乱の最終戦は、ともに2009年デビューの同期パイロットふたりが、最後の最後まで年間総合優勝を争った。

 ファイナル4の最後に飛んだホールが、フィニッシュゲートを通過する、その瞬間まで決着がつかなかったマッチレースは、まさに名勝負と呼ぶにふさわしいものだった。

 その果てに決着を見た同期対決を、”たられば”で語るのは、やはり無粋なのだろう。当の室屋自身も、笑顔でこう語っている。

「長い間一緒に戦ってきた仲間であり、ライバルでもあるマットが、世界チャンピオンになれて、僕もうれしい」

 互いが死力を尽くして繰り広げた激闘が終わった今、すべきことは、1ポイント差の準優勝を残念がることではない。室屋の最終戦勝利を喜び、4度目の正直でたどり着いたホールの世界一を称えたい。