ストライカーのポジションは、たったひとつのゴールで序列や状況が劇的に変わることがある。 ベンチ暮らしを強いられていても、与えられた出番のなかでゴールを奪ってチームを勝利に導けば、序列は一気に跳ね上がる。あるいは、試合中に消えていても、…

 ストライカーのポジションは、たったひとつのゴールで序列や状況が劇的に変わることがある。

 ベンチ暮らしを強いられていても、与えられた出番のなかでゴールを奪ってチームを勝利に導けば、序列は一気に跳ね上がる。あるいは、試合中に消えていても、ラスト1分で決勝弾を決めれば、大役を果たしたことにもなる。



ゴールを決められずに悔しそうな表情を見せる武藤嘉紀

 プレミアリーグ第3節までベンチスタートを命じられてきた武藤嘉紀にとって、8月31日に行なわれた第4節・ワトフォード戦は、まさに現状を大きく変える千載一遇のチャンスだった。

 おりしも、第3節と第4節の間に行なわれたリーグカップ2回戦(レスター・シティ戦)で、武藤は貴重な同点ゴールを決めた。1-1のまま突入したPK戦でニューカッスルは敗れたものの、1トップとして先発フル出場した武藤はネットを揺らして、ストライカーとしての責務を果たした。

 しかも、PK戦では自ら「1番手」を志願して成功。「できるところを見せたかった。『点を獲れなかったら終わり』という覚悟でいた」と、相当な決意を持って試合に臨んでいたと明かしていた。

 そして、リーグカップ直後のワトフォード戦で公式戦2試合連続ゴールを決めれば、不振が続くチームの救世主として、先発の座へ一気に近づくことができる――。武藤も、そう信じていたに違いない。

 そのワトフォード戦で、ベンチスタートの武藤に出番が訪れたのは、1-1で迎えた後半37分のことだった。

 リーグ戦3連敗中のワトフォードは明らかに調子が悪く、立ち上がりからニューカッスルに得点チャンスを与え続けていた。武藤の持ち味が生きそうなスペースもあり、ピッチに立てば得点に絡めそうな雰囲気が大いに漂っていた。

 しかし、スティーブ・ブルース監督はなかなか動かない。タッチライン際でアップをしていた武藤は、早く試合に出たくてウズウズしていたと言う。

 満を持してピッチに入ると、武藤にゴールチャンスが3度訪れた。最大のチャンスは、後半42分の場面だった。

 FWジョエリントンからのスルーパスに、武藤はDFラインの背後に抜けてフリーに。ドリブルでボールを前方に進めると、背後から北アイルランド代表DFのクレイグ・キャスカートが追いかけてきた。

 武藤はそのままドリブルで、ペナルティエリア内まで侵入。ゴールライン近くまで進み、最終的に角度のない位置からシュートを打った。だが、ボールはサイドネットに逸れた。プレー後、武藤は広告ボードに寄りかかり、悔しそうな表情を見せた。

 この決定的な場面について聞いてみると、武藤は「どうでしたか?」と逆に質問してきた。周囲の状況が正確にわからなかったという。

「パスをもらった時は、『シュートまで行く』と決めていました。(記者:キャスカートがついてきた)。そうですよね。それで、中で(味方が)ついてきてなかったですもんね。(自分で中に)切り返すかどうか、迷ったんです。

 ですが、誰か味方が来るんじゃないかと少し気にしたことと、もう行くしかないという、その両方で(迷った)。それで、あそこまでドリブルで行っちゃった。『ニア下の(GK)足もと、股のところしか狙うところがないな』って。で、シュートが少しずれた。良い形だったけど、もうちょい(ファースト)タッチを真ん中に持っていくべきだったかなあ」

 もうひとつの得点チャンスは、速い弾道のCKが、ゴール前にいた武藤のところに入った、後半39分のシーン。

 武藤がトラップした後、周りの選手に一斉に寄せられて混戦状態になり、シュートを打てなかった。「ゴチャゴチャしてしまった。もう少し(ボールが)当たったところが近かったら決めきれました」と唇を噛んだ。

 さらに、後半アディショナルタイムにも惜しいチャンスがあった。

 右サイドから速い弾道のクロスが入ると、武藤は勢いよく走り込んで思いっきりジャンプしたが、頭がボールに届かなかった。武藤は「今日は決められる気がしていたので、すごく悔しい」と肩を落とした。

 この試合で得点を決めていれば序列や起用法が大きく変わっていたと、武藤もそう認識していたのだろう。試合後の取材エリアでは、いつもより口数が少なく、表情にも悔しさが見てとれた。目の前に転がり込んだチャンスをその手で掴みきれなかったことに、落胆しているように映った。

 しかし、口惜しい気持ちでいても、壁は乗り越えられない。

 ここから、プレミアリーグは国際マッチウィークに突入し、一旦中断する。日本代表から招集がかからなかった武藤は、ニューカッスルで調整を続けていくことになるが、開幕前のキャンプからハードスケジュールが続いたため、休養をしっかり取ることも大事だと話した。

「ニューカッスルを離れないということで、まずは身体をしっかり休める。あとはリフレッシュして。プレミアリーグはほんとに長い戦いになるので、ここでしっかり休みたい。そして、もう一回、いいコンディションに持っていければと思っています」

 国際マッチウィークが終わると、故障中のアンディ・キャロルとドワイト・ゲイルのふたりのストライカーが戦列に復帰する見通しだ。FWの枚数が増え、ポジション争いはさらに激化するだろう。武藤も「熾烈な戦いがある。ほんと気を引き締めないといけない」と、さらなる奮起を誓っていた。