ガールズケイリンの石井寛子(東京104期)が8月25日の松阪競輪最終日に、通算獲得賞金1億円を突破した。2013年5月にデビューしてから6年3ヶ月。男子のトップに比べると賞金がそれほど高くないガールズケイリンにあって、この速さは驚異的だ。

明治大学在学中から能力は高く評価されていた。ガールズケイリンができる前のエキシビションレースでは圧倒的な強さを誇り、当時から“女王”の名を欲しいままにしていたものである。であったから、当然、1期生としてプロ入りするかと思われたのだが、石井は見送るという結論を出した。理由は2012年ロンドン五輪があったためだ。1期生として日本競輪学校(現・日本競輪選手養成所)に入学すれば、五輪に向けてのトレーニングが疎かになる。数年前とは言え、ナショナルチームとしての組織が今よりも機能していなかった。もしも仮にその時、ナショナルチームの体制が整っていれば、きっと石井は競輪学校を受験していたであろう。
尚、結局のところ石井はロンドン五輪出場には手が届かなかった__。


石井が2期生として入学すると、その実力は抜きん出ていた。在校時の競争訓練は計57走で、1着は52回、2着が2回、着外は僅か3回。卒業記念レースも4連勝で完全優勝を果たしている。ハッキリ言えば、石井ほどの実力なら卒業を早めても良かったのではないか?現に成績優秀者は早期卒業できる制度もあったのだから。競走技術などはエキシビション、ナショナルチームのトレーニングによって実証済み。さらに世界を転戦し、トップレベルとも肌を合わせている。わざわざ他の生徒と一緒に卒業させなくても良かったのではないか?と、今でも思ってしまう。このあたりが業界の改善すべきところであろう。存在する制度を活用しない、保守的な考えは時として凋落(ちょうらく)の一因ともなり得る。当時は1期生の実力不足が指摘される声もあり、石井が特例でのデビューを果たせば、もっとガールズケイリンは盛り上がったのではないだろうか。
デビューしてからはご存じの通り、瞬く間に女王の座に就いた。その美貌から人気は抜群。美貌だけでなく、強さも合わせ持っており、まさに“京王閣の小悪魔”という言葉がピッタリと、当てはまっていた。


また、石井を語るには美貌と強さだけではなく、社会福祉貢献を忘れてはならない。男子のトップ級に比べて賞金が低く、ビッグレースも少ない中にあっても、石井はことある毎に寄付を行ってきた。一見は派手に見える石井だが、考え方はシッカリしている。自分のことだけではなく、自分が置かれている業界の発展をも考えての行動であろう。そこまでのことに目を向けることができるガールズレーサーは決して多くない。石井に触発されたかどうかは定かでないが、最近こそ石井に倣うように、そのような意識を持つガールズレーサーも増えてきていると感じる。それも含めて、石井は人望があると聞いたことがある。後輩の面倒見が良いと、間接的ではあるが、幾度もそんな話しも耳に入ってきている。

残念であったことはガールズケイリンで初となる『1億円突破』のニュースがあまり大きく報じられていないことだ。スポーツ新聞ではある程度、目立っていたかもしれないが、一般的にはほとんど知られていない。JKAが働きかけて、テレビのスポーツニュースなどでもっと取り上げられて然るべき快挙だと、個人的には思っている。1億円を稼ぐことがどれほど大変なことか、それも女性レーサーが!である。こういったことを世間にもっとアピールできないところが、競輪界の憂うべき現状なのかも知れない。千載一遇とまでは言わないけれども、せっかくのアピールするチャンスを逃したことは事実である。