車いすテニスの強豪・日本が近年、国際舞台で好成績を残している「クアード」。両手両足の四肢のうち、三肢以上に障がいのある選手のみが参加できるカテゴリーだ。そのクアードで日本の中心にいるのが、パワーショットを武器にする菅野浩二(すげの・こうじ)。車いすテニスを始めて15年経ってから、障がいの軽い「男子」カテゴリーから「クアード」カテゴリーに転向し、東京2020パラリンピックを目指す。珍しい経歴を持つ菅野はどんな思いで競技に取り組んでいるのだろうか。

クアードのエースとして感じた大きなプレッシャー

クアードで東京パラリンピックを目指すと決めて、海外を回ることになりました。最初は移動や語学の不安もあって妻に帯同してもらったりしましたが、そんな中でも2戦目のチェコの大会で運よく優勝できて。成績を残すことができた楽しさもあったし、転戦に慣れるまでに時間はかかりませんでした。すでに世界で活躍している「男子」の日本人選手の存在も心強かったですね。

日本のクアードの新エース菅野浩二

リオパラリンピックにも出場した諸石光照選手や川野将太選手がずっと日本のクアードを引っ張っていて、日本代表チームとして出場する国別対抗戦のワールドチームカップでも準優勝や3位などいい成績を残しながらも優勝にはなかなか届かない状態なのは知っていました。僕がクアードの日本代表になることで、「これで優勝できるよ!」と盛り上がってくれていたのですが、初めてチームに加わった2018年の結果は散々でした。そのときすでに国内ランキングでは、僕がいちばん高かったので、ベテランの2人がいるのに、自分がエースとして出場しなければならず、絶対に勝たないといけないプレッシャーに押しつぶされ、試合はボロボロでした。

1年経って、自分が日本代表の中で世界ランキングが1番高いという位置に慣れてきたのかもしれません。2019年は、僕と諸石選手、川野選手、宇佐美慧選手の4人でバランスよく戦えたんです。

とくに決勝の相手にもなったイスラエルとの試合では、予選で対戦したときに決勝に向けた準備をしました。決勝では、予定どおり川野選手と僕のシングルスで1勝1敗。僕と諸石選手で出場した第3試合のダブルスでは、チームが温存した諸石選手が絶好調で。僕たちの作戦勝ちで手に入れた優勝だと思っています。地元イスラエルのものすごい声援の中でつかんだ優勝はすごく自信になりました。

区切りのついた2016年。翌年からクアードへ
握力が弱いなどのハンディキャップがありながらも「男子」カテゴリーに出場していた

受傷したころに知り合った方が車いすテニスをして、古いテニス用車いすを譲ってくれたんです。それがきっかけで、車いすテニスを始めました。そのころは仕事をしていない時期でもあったので週に2〜3回練習していました。テニスは自分がやりたいタイミングで、練習している人がいれば入れてもらえるし、健常者の友だちと球を打ったり、障がい者のための交流センターだと職員の方が一緒に打ってくれたり、始めやすいスポーツですよね。すぐに夢中になりました。当時は僕の住んでいた埼玉周辺の仲間たちと年3大会ほど国内の試合に出場していました。今と比べると気楽なもので、とにかく楽しかったですね。

男子のカテゴリーで国内ランキング上位8名までが出場できる「三井不動産 全日本選抜車いすテニスマスターズ」に出場するというのがずっと目標だったのですが、2016年にそれを達成することができました。ちょうどその年はリオパラリンピックがあり、大会の会場で、アトランタから6大会連続でパラリンピックに出場している斎田悟司選手にリオの話を伺いました。そのときに「クアードでパラリンピックに出れば、いい成績出せるんじゃない?」とアドバイスをいただきました。実は、数ヵ月前に母を亡くしていたこともあって、この先悔いを残さないように何かに本気で挑戦してみようと考えていました。それで、自分の障がいのレベルに合っているクアードでパラリンピックを目指してみよう、と思うようになったのです。

その後、国際テニス連盟に診断書を提出し、審査も受けて、2017年から正式にクアードのカテゴリーで出場することになりました。

東京では全力で攻めるプレーを見てもらいたい
インドネシア2018アジアパラ競技大会ではシングルスで銀メダルを獲得

勤務先であるリクルートオフィスサポートのアスリート支援制度を使わせてもらうことにしました。ただ、その制度はテニス用に作られたものではなかったので、実は活動するには費用が足りませんでした。世界を転戦する車いすテニスはどうしても費用がかかるスポーツなので……そこで、グループ会社から支援してもらえないか、自分で企画書を作成して交渉を重ね、年間20大会分ほどサポートしてもらえるようになりました。

しかし、ランキングが上がるとまたお金がかかります。2019年になり、上位選手しか出られない大会にも出場する機会が増えたんです。男子の国枝慎吾選手や女子の上地結衣選手がコーチやトレーナーなどのチームで行動する姿を見て、今度は個人でコーチやトレーナーを帯同できるように会社に申し出てバックアップしてもらっています。

実は、当初世界に踏み出せなかった理由にお金の不安があったので……現在の環境は本当にありがたいですね。

最近、「負けられない」と強く思いすぎてパフォーマンスを出せないことがあったので、そういうところに陥らないようにしていきたいです。「男子」カテゴリーで戦っていたころは、人に期待されるようなテニスをやってきたわけではなかったから、やはりプレッシャーは重くのしかかっていますね。

競技歴は15年以上。東京パラリンピックは39歳で迎える

スマッシュやフォアの強打でノータッチでポイントを取ることが楽しくて、今までテニスを続けてきました。でも、世界の上に行けば行くほど様々な戦略が必要になるし、クアードではこれまで以上にずる賢いプレーも必要になると実感しています。東京パラリンピックに出場できたら、戦略的に考えながらプレーすることが多くなるとは思いますが、やはり僕の持ち味であるパワーショットも見せられたらいいなと思います。

interview by Tomoko Sakai

photo Haruo Wanibe