8月29日、横浜。翌日に開幕の「フレンズ オン アイス2019」の公開リハーサル後、リンクに特設された席で、会見が行なわれていた。

「あははっ」

 髙橋大輔(33歳)は席に着くと、照れたような笑みを何度もこぼしている。

 新シーズンのショートで使う新プログラムをお披露目したが、一本目のジャンプは転倒。二本目を跳んだ後には乳酸がたまったのか、膝に手をついて、拳で腿を叩いた。



アイスショーで今季SPを披露した髙橋大輔

「気合いが入りすぎて、逆にグダグダになってしまいましたね」

 髙橋はあけすけに言った。

「スタートから最後まで動きっぱなしのプログラムで。何年かぶりに、こんな激しいテンポの曲をやることになりました。スケーターではなく、ダンスの振り付けで、新鮮なプログラムに注目してほしいですね。全体を通して、33歳のおじさんが頑張っているな、と思ってもらえると」

 彼は失敗さえ、楽しんでいるように笑った。それが復帰2シーズン目の境地--。アップテンポのロックナンバーの曲名は「The Phoenix 」。蘇り続ける「不死鳥」だ。

 髙橋は、不世出のフィギュアスケーターである。トリノ、バンクーバー、そしてソチと、3度の冬季オリンピックに出場。2010年のバンクーバーでは膝の大ケガを乗り越え、日本男子フィギュアスケート初のメダルを手にした。同年の世界選手権では優勝。記録は偉大だが、それ以上に、日本国内で男子フィギュアスケートの人気を高めた功績が大きい。2014年ソチオリンピック後、引退を表明した。

 しかし、第二章があった。昨年7月に現役復帰を果たすと、近畿選手権、西日本選手権と勝ち上がり、全日本選手権で2位。4年ぶりの復帰での躍進は、アスリートとしての常識を覆すものだった。

「昨シーズンはうまくいきすぎたなと。今シーズンは、選手の成長を見たり聞いたりして、そうはうまくいかないと思っています。その中で、表彰台を目指す、というのは一つの目標です」

 髙橋は淡々と言う。気負いはないが、野望も失っていない。

「(新しいショートのプログラムは)陸で作ってきた振り付けを氷に持ってきたところで、同じようにバランスを取るのが難しいですね。スタートのポーズのところから、なかなか踏ん張りがきかなくて。思うとおりに動けず、やばいなって(笑)。陸でやる三分の一しか(氷上では)できない。踏ん張れない分、上半身を使えなくて、そこの調整をしているところです。ステップを減らさないと、とか、トランジションをとるか、とか。8月頭に始めたばかりなので、これからどんどん体に入っていくはずです」

 多くの戦いを積み重ねてきた男は、焦っていない。限界を突破する中、最大限の力を出し切れる着地点を探している。不可能と可能、狭間の格闘だ。

「4回転も挑戦しようと思っていたんですが、この(テンポの激しい)プログラムでは厳しいかなと。ジャンプの構成は、昨シーズンと変わらずに続けていこうと思っています。(ショートは)5コンポーネンツ(演技構成点)で”魅せる”ことによって点数を出せるように。スケートっぽくないところを評価してもらえたらうれしいし、もしできなければ、自分のパフォーマンスの力不足ということで。ショートで魅せて、フリーで点数を稼ぐ、くらいの気持ちの切り替えで挑もうと思っています」

 勝負師としての余裕か。割り切ることで、全てを出し切れる。今までも、彼はそうやって急勾配の坂道を上がってきた。

「今なら、フィギュアスケートを好きだと言えます」



今後、髙橋は10月のアイスショーに出演予定という

 昨年12月の全日本選手権を戦ったあと、髙橋は情感を込めて言っている。エゴを捨てる一方、勝負にもこだわる、という異なる境地に入った。悟りの深遠が、彼の表情を和ませる。

「今シーズン出場する大会に関しては、まず全日本を目指してやっていきます。ほかは今のところ、10月のカーニバルオンアイス参加が決まっていて。そのあとはチャレンジシリーズか、(11月の)西日本選手権か。西日本は出場の可能性は高いですが、(全日本含めて)2つか、3つか、そこはまだはっきり言えません」

 彼は明言を避けたが、自ずと道はできるはずだ。

「自分は、決める、というよりも、導かれる、という感じで。周りに支えられて、やってこられたと思っています」

 髙橋は言う、彼が導かれる次の境地とは--。復活2年目は、ロックビートで一歩を踏み出した。