文=鈴木健一郎 写真=野口岳彦 協力=DAZN

昨年春に日本国籍を取得「最初はバスケを続けるため」

東芝、そして川崎ブレイブサンダースのエースとして、長らく『最強外国籍選手』としてリーグに君臨したニック・ファジーカスが日本国籍を取得したのは2018年春のこと。2012年に来日してずっと川崎で暮らし、日本の生活にはすっかり馴染んでいる。コンビニが大好きで、電車を駆使して首都圏を回る。初めての息子も、アメリカではなく日本の病院で生まれた。

日本人になる──つまり帰化申請をするきっかけについて、「最初はバスケットボールを続けるためだった。帰化選手になって外国籍の枠から外れれば、チームにとっては契約しやすい。僕はできる限り長くプレーを続けたかったから」とニックは素直に認めた。

ただ、手続きを進める間に日本への愛着はどんどん増していった。「川崎の街は住みやすいし、人もすごく良い。それに、妻も日本での生活を気に入ってくれたことが大きかった。家族がハッピーでなかったら、僕もハッピーではいられないからね」とニックは言う。

取材には今も通訳をつけて対応するが、日本語は「聞き取って理解する分にはだいたい大丈夫」というレベル。「でも、単語一つの意味に迷ってしまうと会話に付いていけなくなるので、すべて分かるというわけじゃない。質問に答えるとなると、僕がシャイなのが問題だね。答える時に変な日本語を使って、意図しない形で伝わるんじゃないかと不安になる。だから通訳なしで取材に応じるのはまだまだ難しい」

帰化申請が認められるためには膨大な事務手続きと日本語の勉強が必要になる。「時間はかなりかかった。ものすごい書類を提出して、たくさんのステップを踏まないといけなくて大変だったし、これで日本の国籍が取れなかったらどうしようという不安もあった。でも、帰化申請を通じて日本語を学ばなければいけなかったので、それでかなり上達したと思うよ」

「僕が選んだというより、日本が僕を選んでくれた」

『日本人になった』というテーマについて、ニックは「僕が日本を選んだとは思っていない」と語り始めた。

「もともとはフィリピンでプレーしていて、次の国を考える時にヨーロッパのスタイルは合わないと思っていたけど、オーストラリアだったら英語が使えるので楽だと思ったし、中国にも興味があった。そこでたまたま東芝からオファーをもらって川崎にやって来て、その街を気に入って日本人になることになった」

「だから、僕が選んだというより、日本が僕を選んで連れてきてくれた、快適な暮らしとバスケットボールをする環境を与えてくれたと思っている。だから、ファンから『日本を選んでくれてありがとう』と言われると、僕と家族こそ感謝しているよ、って思うんだ。日本は生活しやすくて大好きだし、子供が成長するにつれてその思いは強くなる」

そんなニックが「自分も日本人になった」と感じる時はいつだろうか? 少し考えて、ニックは答えた。「買い物をしていてファンに声を掛けられ、そのまま話し込むことがある。この間は英語がほとんどしゃべれない人と日本語と英語のミックスで30分ぐらいおしゃべりしたんだ。話を終えて歩き始めて、『ワオ、俺って日本語で30分もしゃべったんだ!』と自分でも驚いて、その時は『自分も日本人になった』と感じたよ(笑)」

日本代表の一員としてバスケワールドカップに臨むにあたり、ニックには一つのアイデアがある。「君が代は日本語の勉強をしている時に習ったんだけど、当時の僕には難しかったし、忘れてしまった。試合前の国歌斉唱で歌うことができたらいいね」

日本人のバスケットボール選手の代表として、ワールドカップに臨むニック。好成績を残して帰国する際には、是非とも自信を持って、日本語で喜びの言葉を発してほしいものだ。