『マツダ3』から遡ること2銘柄。前身の『ファミリア』時代にとくに人気を博したのが5代目だった。“赤いファミリア”と言えば通じるのも大したものだが、1980年代初頭の甘々(あまあま)な空気感の真っただ中で、当時の若いユーザーの心をおおいに掴んだのだった。

◆飛ぶ鳥を落とす勢いだった“赤いファミリア”

写真のカタログは1983年1月のEGI仕様が設定されたマイチェン時のもの。ページを開くと“スポーツごころのメディア、新型ファミリア。発信TO YOU”などの文面が踊り、写真も、これでもか!とばかりにスポーツを絡めた仕立てになっている。

ちなみにこの『ファミリア』を追撃すべくトヨタが82年5月に登場させたのが『カローラII』で、CMにはどうだ!とばかりにテニスのジョン・マッケンローを起用した。

エピソードにも事欠かなかったのも注目で、『カローラ』『サニー』を追い抜き国内月販台数No.1を記録(82年3回、83年5回!)したほか、27か月で累計生産台数100万台達成(VWゴルフは31か月)など、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのマツダ車でもあった。第1回日本カー・オブ・ザ・イヤーのイヤーカーにも選出されている。さらに83年6月になると、1.5リットルEGIモデルに115ps/16.5kgーmの性能を発揮するターボを設定。

さらにターボ登場と同じタイミングで、当時認可されて間もない“ドアミラー”と“60タイヤ”も装着された。“323”のエンブレムとともに輸出仕様のドアミラーに交換するこだわり派がいたのもそんな頃の話だ。

◆平和でいい時代の若者のためのクルマ

実車は、先代の“X508”から打って変わった直線基調のクリーンで明快なスタイリング。ボディタイプは3ドア、5ドア、そして4ドアのノッチバックセダンの3タイプを設定した。マツダ車のレシプロエンジン搭載車では初めてのFF(フロントエンジン・フロントドライブ)ということで、メカニズムもこだわり、組み合わせられるリヤサスペンションには“SSサスペンション”と呼ぶ、コーナリング時のトゥ・アウトを吸収するリンク構造を採用し、安定感の高いスポーティな走りをモノにしていた。

装備面では、上級グレード(セダン含む)のリヤシートに“ラウンジソファシート”と呼ぶ、シートバックを曲線を描くトリムと連続させて寛ぐことのできるデザインを採用。XL以上のグレードは、面白いことにアルミホイールはオプション扱いながら、電動式スライディングガラスルーフが標準装備された。

インパネに“パームツリー”のミニチュアを飾ったり、リヤウインドゥにレインボーや“Boat House”のステッカーを貼ったりした赤や青の『ファミリア』が、東京・青山通りや、湘南・国道134号線あたりや葉山のデニーズの駐車場に溢れて……。平和でいい時代の若者のためのクルマだった。