阪神タイガースの縦縞のユニフォームを着て、今年で10年目になるランディ・メッセンジャーはお立ち台に上がると、直筆で…
阪神タイガースの縦縞のユニフォームを着て、今年で10年目になるランディ・メッセンジャーはお立ち台に上がると、直筆で書かれた「I’m finally 日本人」のTシャツを着て登場する。
日本のプロ野球には、メジャーにはない”外国人枠”が存在する。

現在、NPB通算98勝のランディ・メッセンジャー
外国人選手の場合、支配下登録自体に制限はないが、出場選手登録(一軍登録)は4人までと決まっており、かつ投手または野手として同時に登録できるのは、それぞれ3人までと定められている。要するに、出場選手枠を最大限に使う場合、「投手2人・野手2人」「投手3人・野手1人」「投手1人・野手3人」の3通りとなるわけだ。
しかし、その外国人枠は、外国人選手であっても国内FA権を取得すれば、翌年から日本人選手扱いになる。ちなみに国内FA権は、出場選手登録(一軍登録)が145日以上のシーズンが8年で取得できる。
昨年シーズン、メッセ(メッセンジャーの愛称)はその条件を満たし、今シーズンから日本人選手扱いとなった。Tシャツに書かれた「I’m finally 日本人」=「やっと日本人になれた」の文字は、メッセの喜びを表わしたものだ。
「まずチームにとって喜ばしいことです」と言って、こう続けた。
「日本の場合、外国人選手は一軍登録できる人数が決まっていて、何人でも出場できるわけじゃない。でも、私が日本人扱いになったため、その枠がひとつ空きます。補強が必要になった時に枠がひとつでも空いていれば、それはチームにとっていいこと」
今シーズンからメッセを除く4人の外国人選手を一軍登録できるようになった。外国人選手に頼らざるを得ないチーム状況を考えると、これほどありがたいことはない。
またメッセは、個人的な喜びもあると語る。
「本当に生き残ったという実感があります。だって日本で10年もプレーでき、しかも1球団だけというのは、とてもうれしく思います。最高の名誉です」
枠の制限がある日本では、外国人選手は厳しい競争を強いられる。そんな競争に勝ち抜き、同じ球団で10年もプレーしているというのは、それだけでも高く評価すべきことである。
これまで郭泰源(西武)やタフィ・ローズ(近鉄)など、日本人扱いになった選手はメッセで9人目だが、同じ球団で資格を得たのは、郭泰源、2000年から12シーズンプレーした西武の許銘傑(最後の2シーズンはオリックスでプレー)とメッセの3人だけである。
トレードと戦力外が激しいメジャーでも、同じチームで10年以上プレーすることは稀であり、とくに投手は少ない。
現役メジャーリーガーのなかで10年以上同じチームでプレーしている投手は、フェリックス・へルナンデス(マリナーズ/2005年~)、アダム・ウェインライト(カージナルス/2006年~)、クレイトン・カーショー(ドジャース/2008年~)、マディソン・バムガーナー(ジャイアンツ/2009年~)、ケンリー・ジャンセン(ドジャース/2010年~)の5人しかいない。
だからこそ、阪神というチームだけでこれほど長くプレーできたことに、メッセは誇りを持っている。
「日本に来た時、『阪神で10年プレーできると思うか』と聞かれたら、『絶対にない』と答えていたと思います。だって、私と入れ替わるようにジェフ・ウィリアムスが去りましたが、彼は7年間ずっと阪神でプレーしていたでしょ。それを聞いて、本当にすごいと思ったんです。来日当初はまず7年を目標にして、それが達成できたので10年にしました。この数字はホント簡単ではありませんでした。よく『外国人だから……』と思われることがあるのですが、常に上を目指して一生懸命やらないと絶対に達成できないと思います」
日本に来る際、「あっち(日本)に行く理由は何なのか?」「日本では生き残れない」など、否定的な声が多かった。それでもメッセは「アスリートである以上、そうした意見があるのは仕方ない」と考えていた。だが日本に来て、しかも同じユニフォームを着た人間に否定されるとは思っていなかった。
「まさか味方のコーチに否定されるとは思っていませんでした。名前は言えませんが『お前は三振を取るピッチャーじゃない!』と。私を発奮させるために言ったのではなく、本当にそう思ったんでしょう。別に三振を取るために投げているわけではありませんが、最初からそうやって否定されたことに、正直ムカつきました。だからこそ、いいピッチングをしてやろうと、私の心に火がついたんです」
2013~14年、メッセは2年連続最多奪三振のタイトルを獲った。
また昨年の10月3日の広島戦では、新たに歴史を塗り替えた。6回裏に鈴木誠也から空振り三振を奪い、郭源治(元中日)が持つ1415奪三振の外国人投手記録を更新したのだ。8月29日現在、1474まで記録を伸ばしており、プロ野球史上55人しか達成していない1500奪三振も目前に迫っている。
これまで数々の記録を達成してきたメッセだが、どれが一番印象に残っているかと聞くと、「勝利数」と即答した。
投手にとってチームへの貢献度を表わすものであり、エースの資質が問われる数字である。昨年11勝(7敗)をマークしたメッセだが、通算7度目の2ケタ勝利シーズンは、郭泰源(元西武)を抜いて外国人投手史上最多となった。
振り返れば、この記録も「悔しさ」が原点になっている。来日した2010年当初、メッセの起用法は中継ぎだった。そして二軍落ちした際、先発として昇格することを目標に練習に励んだ。同年7月11日に甲子園での横浜(現DeNA)戦で、来日初先発を果たしたのだった。
その後も阪神の絶対的エースとして白星を積み重ね、ここまで(8月23日現在)98勝をマークしている。あと3勝すればジーン・バッキー(元阪神など)、ジョー・スタンカ(元南海など)が持つ通算100勝のアメリカ人投手としての最多勝利数記録を塗り替えることになる。ちなみに、外国人投手の最多勝利数は、戦後だと郭泰源が117勝でトップ、2位は郭源治の106勝である。
メッセに「この数字は目標か?」と問うと、力強くこう答えた。
「言うまでもないでしょう。もちろんです! ぜひ阪神の選手として頑張りたいと思っています」