8月18日、サンパウロFCの本拠地モルンビー・スタジアムは、5万人近い観衆で埋まった。ブラジル全国リーグ第15節のセアラ戦。8月1日の入団発表以来、人々は36歳という年齢が信じられないほど若々しいプレーをするダニエウ・アウベスのデビュ…

 8月18日、サンパウロFCの本拠地モルンビー・スタジアムは、5万人近い観衆で埋まった。ブラジル全国リーグ第15節のセアラ戦。8月1日の入団発表以来、人々は36歳という年齢が信じられないほど若々しいプレーをするダニエウ・アウベスのデビュー戦を心待ちにしていた。

 先発メンバーの発表でその名前がコールされると、大歓声が沸き起こる。「背番号10」をまとって彼がピッチに姿を現わすと、爆竹が鳴った。試合が始まり、ボールに触るたびに歓声が上がる。そして前半終了間際、ゴール前でパスを受けてマーカーを右へ外すと、GKの逆を突いて右足でシュートをファーサイドへ流し込んだ。その瞬間、誰もがいっせいに飛び上がって喜んだ。

 その後、21日のアトレチコ・パラナエンセ戦、25日のヴァスコ・ダ・ガマ戦(いずれもサンパウロにとってはアウェーゲーム)では、敵チームのファンからも大きな拍手と歓声が起きた。



今季から母国ブラジルのサンパウロでプレーしているダニエウ・アウベス

 ダニエウ・アウベスはブラジル北東部バイア州の内陸地の貧しい家庭に生まれた。ボールを蹴るのが大好きで、小学生の頃から将来の職業をプロのフットボーラーと心に決めていた。15歳で州都サルバドールの強豪クラブ、バイアの下部組織に加わり、2001年、18歳で右SBとしてデビュー。粗削りながら、縦へのドリブル突破から精度の高いクロスを入れる攻撃力が魅力で、たちまちサポーターの人気を集めた。

 翌年、スペインリーグのセビージャへ移籍し、経験を積んでさらに成長。2008年には名門バルセロナへ移籍し、中心選手のひとりとしてチャンピオンズリーグを2008-09シーズン、2010-11シーズン、2014-15シーズンと、3度制覇する偉業を達成。このポジションの世界トップの選手となった。その後、2016年にユベントスへ移籍して2016-17シーズンはセリエAで優勝。2017年にパリ・サンジェルマンへ移ってリーグアンで2連覇した。

 ブラジル代表(セレソン)には2006年に23歳で初招集され、2010年、2014年とW杯に出場。2018年のロシアW杯にも招集されてチームの中核を担う役割が期待されたが、故障のため欠場した。彼の不在が響き、セレソンは準々決勝でベルギーに不覚を取った。

 代表での115試合出場は、カフー(142試合)、ロベルト・カルロス(125試合)に次ぐ歴代3位で、”生けるレジェンド”と呼ぶにふさわしい。過去、クラブと代表で獲得したタイトルは実に40個を数え、これはサッカー史上最多とされる。

 今年6月末、パリ・サンジェルマンとの契約が満了。複数の欧州ビッグクラブから好条件でオファーを受けたが、「子供の頃から好きだった」と語ってサンパウロに入団。サポーターの心を鷲掴みにした。契約期間は2022年末までだ。

 ブラジルの有力選手は、20歳前後で欧州へ渡り、ビッグクラブで10年前後プレーして、欧州で居場所を見つけるのが困難になったキャリアの下り坂で母国へ戻るのが通例だ。しかし、ダニ・アウベスの場合は現役バリバリのブラジル代表で、主将として臨んだコパ・アメリカでは、攻守にすばらしいプレーを披露して優勝の立役者となり、大会MVPも獲得した。

 年齢的には大ベテランとなったが、まだ世界トップクラスの実力を維持している。しかも欧州のビッグクラブから好条件のオファーを受けたにもかかわらず、母国への帰還を選んだ。このような例はブラジルでも極めて珍しい。

 サンパウロは、ほぼ同時期に元スペイン代表の右SBフアンフラン(フアン・フランシスコ・トーレス)も獲得。このため当面、ダニ・アウベスは本来の右SBではなく中盤でプレーする。

 高度なテクニック、優れた状況判断、さらには高い得点能力を備えており、これまでもバルセロナなどで、右SBと右ウイングを掛け持ちする独特のプレースタイルを開拓してきた。サンパウロでは現在、4-3-3のトップ下の位置でプレーしている。

 今後、出身地バイアを含むブラジル北東部をはじめ、サンパウロが遠征する先々で、この男のプレー見たさに観衆が押し寄せるのは間違いない。

 本人は、「2022年W杯出場を目指す」と明言する。9月に予定されている代表の強化試合2連戦にも招集され、キャプテンとしてチームを牽引するはずだ。彼が来年3月に始まるカタールW杯南米予選でどのようなプレーを見せるのか、そして2022年の本大会に39歳6カ月で出場し、セレソンを世界の頂点に導くことができるのか。

 この年齢で現在のようなプレーができること自体、驚異的だが、今後は忍び寄るであろう肉体的な衰えや故障、世界最高峰の舞台を離れたことで生じかねないモチベーション低下などとも戦わなければならない。

 2013年にネイマールがサントスからバルセロナへ移籍して以降、ブラジル国内には傑出した実力と人気を備えたスター選手がいなかった。その意味でもダニ・アウベスには、この国のフットボール全体を盛り上げる役割を担うことも期待される。

 クラブとセレソンにおけるダニ・アウベスのプレーをじっくり堪能したい。