令和元年の名古屋G1オールスター競輪は新田祐大(福島90期)選手が優勝を果たしました。
新田選手の優勝は昨年2月の四日市G1全日本選抜競輪以来ですから、きっと中部地区を好きになったことでしょうね!?
これで5年連続G1優勝ということで、素晴らしい限りです。長い競輪人生において、ほんの1年だけ輝くことはよくあることですが、長期に渡ってG1を優勝し続けるということは“一流”で留まらない“超一流”の証しだと思います。

新田選手の勝ち上がりを軽く振り返ってみます。初日はファンのみなさんに選んでいただいたドリームレースからのスタート。ここでは単騎の戦いになり、脚を溜めて最後に追い込んで3着でした。


最近の競走ルール・レーススタイルでは自力選手の人気が高くなり、ファン投票の上位が自力選手ばかりになるのも頷けます。ですけれども、そのレースは観ていて、どうだったでしょうか?単騎では動いても差されるだけですし、無理に動いて大敗するよりも、脚を使わずに着を拾ってシャイニングスター賞への進出を目指すのは当然のことです。でありますが、ファンの方々は自力で戦っている普段の姿に投票してくれたはずです。勝ち上がり方式を少し考え直した方が良いのではないかと感じたドリームレースでした。

そして、開催3日目に行われたシャイニングスター賞。このレースでも新田選手は単騎になり、中団で動くことなく流れ込みの5着。あの脇本雄太(福井94期)選手も単騎のレースで、世界のスピードを披露することができず。さらに太田竜馬(徳島109期)選手にいたっては落車失格となる後味の悪いレースとなりました。


準決勝の新田選手は佐藤慎太郎(福島78期)選手とラインを形成。先行する山﨑賢人(長崎111期)選手をホームカマシであっさり一飲み。ファンの方が望んでいた本当の姿、世界のスピードをここで観ることができました。

決勝戦は北日本地区の選手が4人勝ち上がったことで並びが注目されましたが、菅田壱道(宮城91期)選手が先頭を引き受けることになり、新田選手は番手回り。この番手をスンナリ回ることができれば、優勝に最も近づくことができます。そして、レースでは北日本ラインが前受け。先頭の菅田選手が突っ張って、打鐘からフルスロットルで先行しました。番手をスンナリ回ることを実現できた新田選手は中団から捲ってくる平原康多(埼玉87期)選手に併せて番手捲り。壮絶なモガキ合いの結果、内の新田選手が勝ち切りました。素晴らしいダッシュ力をファンの目の前で発揮してくれたものです。


この決勝戦、競輪の一番の魅力であった“義理”と“人情”が詰め込まれたレースでした。今のルールはこういった走りを制限するために改正されてきたものではないのでしょうか? このレースを観て、色々な意見が出たと推測されます。しかし、これで一層に北日本の結束力は高まったのではないでしょうか?かつて中野浩一さん(福岡35期・引退)の一強時代をフラワーラインという結束力で倒しにいく時代があり、今は脇本選手という先行日本一をどう苦しめるか?という時代になっていると思います。強敵をラインの結束力で、打ち負かそうとする図式はまさに『時代は繰り返す』と、呼べるでしょう。そして、“競輪”と“ケイリン”はやっぱり、別物なのかも知れませんね。


新田選手はこの優勝によって、来年の東京五輪へ向けて、ますます集中できる環境が整ったように思います。さらなるパワーアップが期待できますし、オリンピック前のKEIRINグランプリでの“中間発表”が楽しみになりました。
最後に、今大会は台風の影響で順延の可能性もありましたが、無事に予定通り開催できました。来年も名古屋競輪場でオールスター競輪の開催が決定しています。この8月開催というのは暑さ対策だけでなく、台風の心配もしなければいけないという問題点があることも肝に銘じておくべきです。

【略歴】


山田 裕仁(やまだ・ゆうじ)

1968年6月18日生 岐阜県大垣市出身
1988年5月に向日町競輪場でプロデビュー
競輪学校の同期で東の横綱・神山雄一郎(栃木61期)、西の横綱・吉岡稔真(福岡65期・引退)らと輪界をリード
“帝王”のニックネームで一時代を築いた
2002、2003年の日本選手権競輪(ダービー)連覇などG1タイトルは6つ
KEIRINグランプリ連覇を含む史上最多タイ3度の優勝など通算優勝110回
通算獲得賞金は19億1,782万5,099円。
2018年末、三谷竜生(奈良101期)に抜かれるまでは年間獲得最高賞金額=2億4,434万8,500円の記録を持っていた
自転車競技でも2001年のワールドカップ第3戦(イタリア)で銀メダルを獲得するなどの実績を残した
2014年5月に引退して、現在は競輪評論家として活躍中
また、競走馬のオーナーとしても知られる