Perfecta Naviをご覧の皆様、後閑信一です。今回は名古屋競輪場で開催されました第62回オールスター競輪を振り返…

Perfecta Naviをご覧の皆様、後閑信一です。
今回は名古屋競輪場で開催されました第62回オールスター競輪を振り返りたいと思います。

選手にとってオールスター競輪は日頃のレースで車券に貢献し、お客様へインパクトのある姿を見せているかを知る人気のバロメーターとなる開催です。毎年、良いモチベーションになっているのではないでしょうか?
私も現役時代にはドリームレースに5回、オリオン賞レースに3回、ファンの皆様に投票していただきましたおかげで乗ることができた良き思い出があります。
今回のドリームレースに選ばれたのは1位=脇本雄太(福井94期)選手、2位・平原康多(埼玉87期)選手、3位・新田祐大(福島90期)選手、4位・浅井康太(三重90期)選手、5位・清水裕友(山口105期)選手、6位・三谷竜生(奈良101期)選手、7位・深谷知広(愛知96期)選手、8位・村上義弘(京都73期)選手、9位・山﨑賢人(長崎111期)選手でした。
メンバー構成から、世代交代の色が見えつつあります。その背景にあるものは、レースのスピード化を図るルール改正とナショナルチームの存在でしょう。さらにスピードとパワーを重視した科学的理論に競輪界が向かっていることを伺い知ることもできます。一体、新時代の競輪はどこに行ってしまうのだろう……。近い将来【競輪】が【KEIRIN】に変わってしまうのだろうか?と、一抹の不安を感じながら、今回のオールスター競輪を見守りました。


ドリームレースでは先行態勢の脇本選手を最終ホームで深谷選手が叩き返しました。その前半タイムはなんと10秒6! さらに深谷選手を新田選手が捲り上げるというナショナルチーム3選手の走りが目立っていました。
また、ドリームレースに選ばれながらも存在感を示すことができなかった清水選手と山崎選手。この2選手が今回のオールスター競輪で流れを引き寄せられなかった要因がこの初日にあったのではないか?と、私は思っています。同じく単騎戦を選択した平原選手は2人とは違い、今回の脚勢に光るものがありました。レースでは新田選手の10秒7の捲りにピタリと、ついていき、最終4コーナーで外から抜き去り、上がりタイムも10秒6!今までナショナルチーム対策としてスピード強化を独自にアレンジしながら試行錯誤してきたことが、ついに実を結び始めてきたことを感じました。


二次予選で目を引いたのは、ドリームレースで魅せるレースをした深谷選手をマークした柴崎淳(三重91期)選手です。深谷選手の仕掛けにピタリと、つき切ると、車間を空けて余裕の差し切り!パワーだけではない柴崎選手らしい鋭さとしなやかさを見せてくれました。柴崎選手にとって今回の二次予選の感覚は今後の自信となり糧となるでしょう。


準決勝の10Rでは新田選手が乗車フォームを前乗りから後ろ乗りへと矯正して、航続距離を伸ばすことにより、同県の先輩である佐藤慎太郎(福島78期)選手と共に決勝戦進出を果たしました。
11Rは平原選手の独壇場で、レースを見事なまでに支配しました。平原選手は深谷選手のトップスピードに合わせて、清水選手の先行を捲り上げ、2番手の小倉竜二(徳島77期)選手のブロックをも跳ね返して、貫禄の1着で決勝戦進出でした。
そして、12Rは高松宮記念杯で鎖骨を骨折して、約2カ月の欠場期間を計画的に仕上げてきた郡司浩平(神奈川99期)選手が冷静な立ち回りを見せました。自ら動いて新山響平(青森107期)選手の3番手を取り、ファン投票1位で優勝候補の脇本選手を後方に置く展開に持ち込む。そして、猛然と、迫る脇本選手の気配を最終4コーナーで察知してからは自転車を外側に持ち出しながら前に踏み撃破!見事な1着で、決勝戦進出を決めたのです。



いよいよ決勝戦!勝ち上がってきたメンバーですが、まずは北日本の4名が菅田壱道(宮城91期)選手-新田選手-渡邉一成(福島88期)選手-佐藤選手で結束。そして関東の2名、平原選-諸橋愛(新潟79期)選手。南関東の2名、郡司選手-中村浩士(千葉79期)選手。そして単騎戦となるのが中川誠一郎(熊本85期)選手でした。
ルール改正後はどのレースも単調になる傾向があります。今回、先行意欲があるのは北日本ライン先頭の菅田選手ただ1人。そうなると平原選手、郡司選手、中川選手はどんな走り方をしてくるのか?そこが興味深いところでありました。


決勝戦は菅田選手の走り方が全てだったと言っても過言ではないでしょう。北日本ラインは前受けとなり、残り2周半から郡司選手が抑えにいくも菅田選手は外帯線を外して郡司選手を抑えさせない。『400mバンクでは残り2周のラインを過ぎるまで先頭誘導員を交わしてはいけない』というルールを巧く使いました。菅田選手の動きに少し怯んだ郡司選手でしたが、そのまま下がっては勝機がないと判断して、残り2周のラインめがけて仕掛けていきました。しかし、内側で突っ張り先行の態勢に入っている菅田選手をもう止めることはできません。全開で仕掛ける北日本ラインの2番手はナショナルチームの新田選手、その後ろにも元ナショナルチームの渡邉選手、さらに絶対に内を空けない名マーカー・佐藤選手と、強固な布陣で残り1周のホームストレッチを迎えます。


他のラインはもうどうすることもできない!と、誰しもが思った最終2コーナー。平原選手が外国人選手にも勝るほどの鋭い加速力で捲りを打ちました。その瞬間、場内は騒然となり、盛り上がりは最高潮に!私も鳥肌が立ち、言葉を失いました。最終バックは平原選手が新田選手より先に通過して、最終3コーナーに差し掛かります。平原選手の威圧に押されて北日本ラインは万事休すかとも思えた瞬間、新田選手が平原選手に負けない気迫を見せて盛り返すと、両者のつば競り合いのまま最終コーナーを迎えます。北日本ラインは4車の結束です。ここで負けたら先頭で頑張ってくれた菅田選手の頑張りを無駄にしてしまう。さらに後ろを固めてくれた渡邉選手と佐藤選手と、1人でも多く一緒に表彰台へ上りたいと思う新田選手には意地とナショナルチームで鍛え上げた自信がありました!最後は平原選手に踏み勝ち、自身8度目のG1タイトルを掴んだのです。


この決勝戦を見て私は思いました。最近は全てのスポーツにおいて、科学的なパワーやスピード、数値に捉われ過ぎる傾向にあるのではないでしょうか?例えば、今年の夏の高校野球でも、投球スピードやトレーニングの数値は一流クラス。但し、その分、コントロールが疎かになり、ただ投げ、ただ打っているだけのチームが増えている印象を受けます。ピッチャーの球速は速くなり、バッターも遠くへ飛ばすようになりましたが、行われている【野球】のレベルは果たして上がっているのでしょうか?もっと考えてプレーしていかないと、上のレベルに上がった時に苦労するだろうと危惧(きぐ)しています。
スカウトの方々も近年の傾向として、個性ある光を放つ存在が少なく、野球人口が減る中で頭を抱えているそうです。競輪界も同じように見えるのは私だけでしょうか?日本発祥の柔道もオリンピック種目になってからルールも変わり、時代と共に国際化の流れが顕著に。今ではポイント制になってしまい、各競技の醍醐味が消えつつあるようにも思えます。
しかし、今回のオールスター競輪はナショナルチームの新田選手が競輪道であるラインの力で掴んだ優勝だということに大きな意義があります。ナショナルチームの選手達たちが日本の競輪をした時、そこで初めてレベルが上がった!と、言えるのだと思います。
競輪は『日本の国技』です!日本の伝統とナショナリズムが融合して、もっと高め合うことで、新時代のエンターテイメントにたどり着くことを切に願います。
今回のオールスター競輪の決勝戦はとても見応えのある『競輪』でした。
選手たちには「大変お疲れ様でした」と、労いの言葉を掛けたいです。

【略歴】


後閑信一(ごかん・しんいち)

1970年5月2日生 群馬県前橋市出身
前橋育英高在学時から自転車競技で全国に名を轟かせる
京都国体においてスプリントで優勝するなどの実績を持つ
技能免除で競輪学校65期生入学
1990年4月に小倉競輪場でデビュー
G2共同通信社杯は2回(1996年・2001年)の優勝
2005年の競輪祭で悲願のG1タイトルを獲得
2006年には地元・前橋でのG1レース・寛仁親王牌も制した
その後、群馬から東京へ移籍
43歳にして2013年のオールスター競輪で7年ぶりのG1優勝
長きに渡り、トップレーサーとして競輪界に君臨
また、ボスの愛称で数多くの競輪ファンから愛された
最後の出走は2017年11月10日のいわき平F1
年末の12月27日に引退を発表
2018年1月に京王閣、立川、前橋でそれぞれ引退セレモニーが行われた
現役通算2158走551勝
引退後は競輪評論家やタレントとして活躍中
長女・百合亜は元ガールズケイリン選手(102期)である