早大在学時には東京六大学リーグ戦4連覇に貢献し、4年時には主将を務めた田中浩康コーチ(平17社卒=京都・尽誠学園)。卒業後は東京ヤクルトスワローズへと入団し、ベストナインやゴールデングラブ賞を獲得するなど第一線で活躍してきた。そんな田中コ…

 早大在学時には東京六大学リーグ戦4連覇に貢献し、4年時には主将を務めた田中浩康コーチ(平17社卒=京都・尽誠学園)。卒業後は東京ヤクルトスワローズへと入団し、ベストナインやゴールデングラブ賞を獲得するなど第一線で活躍してきた。そんな田中コーチは昨年、14年間にわたる現役生活に終止符を打ち、現在は大学院に通う傍ら母校で指導に当たっている。プロで培った最新の知識と技術をどう学生たちに伝えているのか。SNSでの活動や最近取り沙汰される『球数問題』まで、様々なお話をうかがった。

※この取材は8月3日に行われたものです。

野球は「準備のスポーツ」


取材に応じる田中コーチ

――コーチに就任して半年ほど経ちましたが、ここまでの手応えとしてはいかがですか

 半年経って、学生の今の雰囲気のようなものは把握できるようになってきたかなというところですね。

――「学生と同じ目線に立って指導をしていきたい」とお話がありましたが、ここまで学生との距離についてはどう感じていますか

 学生がどう思っているかは分からないですけど、一緒に自主練習をしたり、学生と同じ真っ白のユニホームを着て基本的に毎日練習に参加しています。練習後には一緒にシャワーを浴びたりだとか、食堂で一緒に食事を取ったりだとか、そういう時間も大切にしていますね。

――コーチに就任する際に「覚悟を決めてお受けすることにした」とおっしゃっていましたが、具体的にはどのような覚悟を持って引き受けたのでしょうか

 引き受けるからには覚悟は決めましたね。早大の今いる現役の学生に少しでもいい思いができたとか、野球部時代に何か得るものがあったっていう一助になれたらな、何かの引き出しになってくれたらなという思いは常に持っています。

――初めて本格的な指導を行う上で、不安などはありましたか

 指導もそうですけど、14年間プロ野球の生活をしてきて、生活のリズムが大幅に変わるというところでの不安は感じていましたね。一日のライフスタイルがどうなるか、今の学生スポーツの指導者の環境がどのようなものであるかという点には不安は持っていましたね。学生スポーツの指導者の実態というものはあまりオープンになっていない面が多いなっていう印象があったので。

――現役を退いて一年ほどになりますが、何か野球への見方が変わった部分というのはありますか

 僕はスポーツ全般が好きなので、野球だけでなく今は幅広いスポーツを見る機会が増えましたね。というのも大学院に通っているので、野球だけに限らず、いろいろなスポーツから学びを得たいなという思いはあります。あとはこの間OB総会とかもあったんですけど、他の部とのコミュニケーションがあって。学生時代にはなかなか経験できなかった機会も増えていますね。

――野球以外のスポーツで興味深いものはありますか

 僕はいま一番空手に興味があるんですよ。五輪競技にも採用されたんですけど、僕自身元々は野球よりも空手の方が始めるのは早くて。実は僕、有段者で黒帯なんです(笑)。東京五輪では空手に注目していますね。

――実際に現場に携わるようになり、在籍時と今の早⼤で違いを感じる部分はありますか

 部員数が増えたなというのはありますね。あとはグラウンドも当時は土のグラウンドだったのが人工芝になっていたりだとか、トレーニング場ができたりだとか、環境の変化というのは感じますね。

――ご自身が在籍していた当時と今で、学生の気質は変わったと感じることはありますか

 いや、基本的に学生は変わらないと思いますね。

――⼩宮⼭悟監督(平2教卒=千葉・芝浦工大柏)や徳武定祐コーチ(昭36商卒=東京・早実)との連携はいかがですか

 コミュニケーションはとっていますね。僕は1年目なので、選手を知ることから入っていますから、佐藤助監督(孝治、昭60教卒=東京・早実)から話を聞いたりだとか、そういうこともありますよね。小宮山監督とは内野手はどうやったら上達するかなという話はいつもしていますね。

――小宮山監督は『基本に忠実な野球』を目指しているとのことですが、その上でご自身のコーチとしての役割はどのように捉えていますか

 そうですね、やはり監督が言っている通り、基本を身に付けることが大切だと思いますね。卒業して野球を続ける人もいるし、指導者になる人もいるし、一般企業で働く人もいると思うんですけど、野球を学んだことが生きるようにアドバイスできたらなと常に思っています。野球は本当に準備のスポーツなので、準備の大切さや心構えといったところに野球を通じてお互い学んでいけたらなという思いはありますね。

――東京六大学春季リーグは3位という結果でしたが、この結果についてコーチとしてはどう捉えていますか

 力を発揮できた選手も、できなかった選手もいたと思うんですけど、3位という成績に納得できるチームではないと思っていますよ。まだまだ上を目指せるということしか感じませんでしたね。

――具体的な課題を挙げるとすればどういった部分になるでしょうか

 勝負どころの集中力というか、最後はそういうところになるのかな。どこの大学も力のある選手が多いので、一瞬の勝負強さが差になってくると思いますね。それだけ均衡しているなと感じましたね。

――ここまで半年間指導をしてきて、目立った選手はいらっしゃいますか

 春でいえば加藤キャプテン(雅樹、社4=東京・早実)、福岡(高輝、スポ4=埼玉・川越東)、檜村(篤史副将、スポ4=千葉・木更津総合)、瀧澤(虎太朗、スポ3=山梨学院)。(加藤、檜村、瀧澤のような)ベストナイン取れる選手が出たっていうことは秋に自信にして欲しいと思いますし、さらにチームを引っ張っていけるようにしてほしいと思いますね。

――走塁に関して意識付けを行っているというテレビのインタビューを拝見いたしました

 走塁に関しては、基礎的な部分を習ったことがないという学生が多かったんですよ。なので少しアドバイスをしたっていうところですね。今は走塁の意識というところは上がってきていると思います。勝負の差っていうのは記録に残らない部分で表れてくるから、走塁に意識を置くっていうのは一つ勝つために必要になってくる部分なのかなと思います。

――その中で(慶大戦で)瀧澤選手が本盗を決めるなど、走塁の意識は根付いているように感じます

 そうですね。実はあのホームスチールは僕が教えていたんですよ。

――そうだったのですか

 そんなわけないじゃないですか(笑)。冗談です(笑)。ホームスチールなんてしたこともないし、見たこともなかったけど、相手の隙を突く意識っていうのは走塁の中で一番大事ですし、彼も準備をしていて、前段階から思い付きではなくプランを立てていたっていうところに価値があるのかなと思います。ただ逆もあり得るということなので、守備側はそういう隙を見せないように改めて見つめ直さないといけないところだと思います。やられた側は絶対に忘れられないと思うのでね。

――指導をする上で難しさを感じる部分というのはありますか

 何も思ってないですね。難しさは何も感じていないですけど、少し難しいという部分でいえば、ネガティブな口ぐせを発する選手が多かったので、「弱気なる必要はないのにな」っていうことは常に思っていますね。

――加藤選手、檜村選手などはプロ志望ですが、彼らがプロに⾏くために必要なものを挙げるとすればどういった要素になるでしょうか

 一番大事なのは体が強いというところかな。体が強いというのは絶対条件だと思います。体のケアも、トレーニングも含めて、自分の体に対する意識の高さというのは身に付けていかないといけないところかなと思います。

SNSでの活動


昨年まで現役だった田中コーチ。時には自ら実践して指導を行う

――今年の春の早慶戦は解説者の立場として関わる機会があったと思いますが、その際、何か今までと違う感覚を抱くことはありましたか

 あの試合は土曜日で3万人近いお客さんも入っていたと思うんですけど、優勝が懸かればさらに盛り上がるのになとは思いましたね。

――「5年後には野球の指導者を本職にできていればいいなと思う。さらに10年後には、球団の運営⾯でも⼒になれる存在でありたい」と執筆されているブログサービス『note』で記述がありましたが、実際に将来の明確なビジョンは何かお持ちですか

 そこに関していえばまた振り出しなんですけど、正直将来のことは分かりませんね(笑)。ただ引退後に一つ記すという上で『note』というサービスに記したというのはありますね。将来のことは本当に分からなくなってしまったので(笑)、今は引き受けた仕事を全力でやっています。

――早⼤大学院ではスポーツマネジメントを学んでいるとのことですが、それは将来的なものを見据えたものなのでしょうか

  スポーツマネジメントに関してはそれがどんなものかということを全般的に勉強したかったというのがありますね。その中にコーチングもありますし、スポーツ産業の話もあるわけなので。大学スポーツがうまく盛り上がるにはとかそういう話もあったりするんですけどね。勉強するいい時間を過ごせているなと思います。

――SNSを積極的に活用している印象を受けます

 最初ブログを始めたのは(田中コーチが東京ヤクルトスワローズに在籍していた)当時の監督であった古田(敦也)さんのアドバイスでしたね。発信する大切さというのは学びました。例えば野球振興の面でいえば、その活動を積極的に発信していくということは大事なことだと思いますね。スポーツ選手も社会貢献をしていくという使命があると思うので、元スポーツ選手ですが、そういう面はこれからも積極的に発信していきたいと思っています。

――発信をする上で意識していることなどはありますか

 自分に自信を持って取り組んでいて、良いと思っていることを発信していますね。

――一歩間違えれば今でいう『炎上』といった事態にも陥りかねません

 もちろんそこの知識は必要だと思っています。SNSでの発信というのは時には危険なことに巻き込まれることもあるんですけど、メリットしかないと思っていますね。SNSということに関していえば、扱い方を知らないだけで、扱い方さえ覚えればメリットしか思いつかないですね。

――岩手・⼤船渡高の佐々⽊朗希投手の起用について取り沙汰されていましたが、⼤学時代ご⾃⾝は⾻折を押してリーグ戦に出場していました

 第1戦から骨折して、最後までで続けたことはありましたね。あの4年の秋は思い出したくないほど痛みと戦っていたんでね(笑)。ただ主将というポジションだったので、自分の意思で、何とかチームに貢献したいという思いは当時ありましたね。

――けがのある、または危険性がある選手の起用という問題についてはどのように考えていますか

 高校生は成長スピードが極端ですし、体もまだでき上がっていないので、けががあったら止めなければならないのが指導者ですよね。ただ痛みの度合いというのは本人にしか分からないですからね。痛みの数値が出るような機械があればそれは革命的な発明になると思いますけど、佐々木くんの場合はいろいろなデータを取りながら、最新の科学を駆使して、そういうのも含めた判断になったんですよね、おそらく。さらなる科学の進歩というのは期待したいですね。そうなることが一番楽だと思います。そういうことが科学的に分かるようになってくるかもしれないですしね。そのあたりには期待していますね。

自信を付けて確信に変える

――「学⽣時代に学んだことと、プロ野球で学んだこと。この2つを学⽣に伝えていくのが、今の⽬標」とおっしゃっていました。ご⾃⾝の経験から具体的にはどのようなことを伝えていきたいですか

 いま考えているのは、学生に自信を付けさせたいなと思っていますね。自信を付けさせて、それを確信に変えて試合に臨むなり、卒業していく部分でアドバイスしていきたいと思っていますね。とにかく自信を付けさせる、そして自分でその自信を確信に変えてね。パフォーマンスを最大限発揮するには、それしかないと思っているんですよ。コーチとして意識していることはそこだけかなと思います。

――それは先ほどおっしゃっていた「ネガティブな発言がある選手」に対するアプローチにもつながっているのですか

 少しネガティブな口ぐせがある選手には少しアドバイスをしているっていう感じですね。自分が発する言葉というのは大事だと思うので、どんどん前向きな発言をしていきたいと僕はずっと思っていたのでね。

――前向きな思考というのはプレーに関わってくるものでしょうか

 絶対に関わってきますね。野球は本当に難しいスポーツなので、そういったちょっとした部分も関わってきますね。

――秋季リーグ戦へ向けてコーチとして重点的に取り組んでいることはありますか

 さっきの話ともつながるんですけど、やっぱり自信を持って、それを確信に変えていくっていうことですね。あとはリーグ戦の前になるとシートノックのメンバーに入るということが一つの目標になってくるわけなので。そこのシートノックのメンバーに名前が挙がることができるようなアドバイスをしてあげたいと思っています。ちょうど入れるか入れないかという選手もたくさんいるので、一人でも候補者に入っていけるように手助けしてあげたいと思いますね。

――「現役時代の夢を超えていきたいなと思っている」とご自身の『note』に記されていました。セカンドキャリアを歩む上での『夢』はありますか

 今、まったく想像できない世界に来ているので、引き受けた仕事を全力でやるしかないのかなと思っていますね。今に関していえば大学院もそうだし、引き受けたコーチも、学生とともに出し惜しみなく伝えたいことは伝えたいと思っているし、あとは生活のために仕事もしないといけないので、今は他のことを考えている暇はありません(笑)。任されていることを全力で。もう少年なんて言えないので、『全力青年』ぐらいにしておいてください。

――ありがとうございました!

(取材・編集 林大貴)


したためてくださった言葉は『洗心』。長嶋茂雄・読売ジャイアンツ終身名誉監督の座右の銘『快打洗心』として有名なフレーズですが、実は早大野球部初代監督・飛田穂洲先生が残した『一球入魂、快打洗心』の教えに根源があるそうです!

◆田中浩康(たなか・ひろやす)

1982(昭57)年5月24日生まれ。香川・尽誠学園高出身。2005(平17)年社会科学部卒。「僕らが現役の頃は『早稲田スポーツ』の一面に載ることが一つの目標だったからね〜」と気さくに語ってくださった田中コーチ。今春の早慶戦でも購入してくださりました。また、やブログサービスでの情報発信にも注力されている田中コーチ。プロ野球に関する話題を中心に、様々なネタが盛り込まれています。野球ファンの皆さん、必見ですよ!