8月18日、4月までヴィッセル神戸を率いていたフアン・マヌエル・リージョ(53歳)が、中国2部リーグ、青島黄海の監督に就任した。 リージョは神戸を”辞任”した後、コロンビア、メキシコ、エクアドル、チリなど、ラテ…

 8月18日、4月までヴィッセル神戸を率いていたフアン・マヌエル・リージョ(53歳)が、中国2部リーグ、青島黄海の監督に就任した。

 リージョは神戸を”辞任”した後、コロンビア、メキシコ、エクアドル、チリなど、ラテンアメリカ諸国のクラブから接触を受けていたが、条件面やタイミングで折り合わず、新天地が決まっていなかった。ひとつには、リージョ自身がJリーグのクラブの監督への復帰を望んでいたからでもある。日本国内にシンパは少なくなく、多くのクラブが接触を図ってきたようだが、交渉はまとまらなかった。

「日本で監督をやりたい気持ちはある。でも、ずっとは待っていられない。プロの監督としてオファーに感謝し、決断をしなければならなかった」

 契約の直前、リージョはそう洩らしていた。ジョゼップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ監督)が教えを乞うたスペインの名将が続ける挑戦とは――。



中国2部の青島黄海を率いることになったフアン・マヌエル・リージョ監督

 新たな舞台に選んだ青島黄海は、中国2部リーグで現在4位。1位、2位が1部へ自動昇格するため、昇格の可能性を残している。有名選手としては、バルセロナで活躍したコートジボワール代表MFヤヤ・トゥーレと契約を結んだばかりだ。

<バルサ化>

 そんな夢を追いかけるチームのひとつと言えるかもしれない。

 前任の指揮官ジョルディ・ビニャルスは、バルサの選手として下部組織で育ち、指導者としてもユースやバルサBの監督を務めている。キャプテンは36歳のジョアン・ベルドゥ。バルサのMFとして育ち、バルサBではアンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシのチームメイトとしてプレーした(現在は膝のけがで長期離脱中)。そして、ユニフォームもバルサと似た青とえんじの縞模様だ。

 もっとも、リージョは実務性を重んじる指導者だ。「バルサ化」の空虚な理想に囚われないはずだ。その点は神戸でも同じだった。そのサッカー観はもっと複雑であり、簡潔でもある。

 数十センチ立ち位置を変えるだけで解決できることがあり、ボールを数メートル持ち運ぶことで局面はがらりと変えられる。細部が大局を動かし、プレーのスペクタクルを生むのだ。

「トレーニングで、選手はガツガツできるようになってきた。練習から、怖さを与えられる選手でなければならない。ただ、動けばいいというものでもないだろう。たとえばナオ(藤田直之)は、日本人ボランチにありがちだが、いつもボールを獲ろうと、すべてに食いついていた。しかし、ポジションを守ることを覚え、落ち着いてプレーできるようになった。ポジションの意識が高まったことで、正しいプレーを覚え、レベルアップできているんだ」

 神戸を率いて1年目、リージョはそう語っていた。適切なポジションを取って、アドバンテージを得られたら、そのあとは、よりよいプレーが生まれる確率も高くなる。一事が万事、論理的でありながら、天才的思考に基づいたサッカーなのだ。

 神戸の監督時代、筆者はリージョに、新加入のセルジ・サンペールの起用に関して疑問を呈したことがあった。サンペールは試合勘の欠如が著しく、守備面での対応で簡単に背後を取られ、自陣で危険なパスカットをされていた。味方にとって、地雷のような存在になっていた。

 しかし、リージョは折れなかった。

「セルジには、余人には出せないパスセンスがある。必ずチームにフィットさせる。思った以上には適応している。心配するな、厳しくは言っているから」

 サンペールはそもそも、リージョが求めた選手ではない。1年目のシーズンが終わり、日本人MFに手ごたえを感じており、放出の決定に憤慨していた。しかしリージョは手元に置いた選手に関し、どんな私情もはさまなかった。ピッチで戦えるか。それがすべてだった。

 リージョがチームを去ることを告げたとき、サンペールは子供のように泣きじゃくっていたという。期待の裏返しで、ケツをひっぱたくような指導だった。たった1、2カ月で、それだけの信頼関係を築いたのだ。

 リージョのサッカーへの知性と情熱が、選手を感化させてきた。その指導を受けた山口蛍、西大伍は日本代表に復帰。控えに回っていた選手も「サッカーがうまくなっている」と嬉々として語っていた。多くのスタッフも心酔していたからこそ、その”辞任”にクラブが一時、騒然になった。

「日本人が日本人を信じている以上に、私は日本人を信じている」

 リージョはしばしばそう言っていた。

「(神戸の監督をして2カ月で)すでに、相手は中盤から前に進めなくなった。昔の神戸は相手次第でプレーしていたが、今は自分たち中心でプレーしている。日本人のよさを引き出せば、主導権を握る試合もできる。だからこそ、日本はワールドカップでも存在感を示しているのだ」

 結局のところ、リージョ神戸のパズルは未完成だった。サンペールを起用した完成図も見られなかったから、その是非を問うこともできない。一方、古橋享梧のように頭角を現す選手もたしかにいた。

 青島黄海では、その挑戦の先が見られるのか――。リージョの漢字名は「利略」になるという。