試合前の明石商(兵庫)のシートノックを見て、ホッと一息ついた。センターを守る来田涼斗が、ごく普通にスローイングをしていたからだ。 今春のセンバツ(選抜高校野球)で見た際は、やや山なりのスローイングに物足りなさを覚えたものだった。だが、…

 試合前の明石商(兵庫)のシートノックを見て、ホッと一息ついた。センターを守る来田涼斗が、ごく普通にスローイングをしていたからだ。

 今春のセンバツ(選抜高校野球)で見た際は、やや山なりのスローイングに物足りなさを覚えたものだった。だが、大会後に来田が右手人差し指を骨折していたことが判明。スローイングが弱かったことに合点がいくと同時に、そんな状態で史上初の先頭打者本塁打&サヨナラ本塁打(準々決勝・智弁和歌山戦)をマークしたのかと戦慄した。

「もう全力で投げられます。センバツが終わって2、3週間はノースローで、治療して治りました」



初戦の花咲徳栄戦で2安打を放つなどチームの勝利に貢献した明石商・来田涼斗

 二重まぶたの男前は、さわやかな表情で指の状態を語ってくれた。体つきはたくましさを増し、春よりも2キロ増えて現在84キロだという(身長は178センチ)。

 来田は2年生ながら将来を嘱望される選手である。高校進学の際には数十校にのぼる誘いのなかから、「(明石商OBの)兄の練習を見に行って、狭間(善徳)先生の熱心な指導を見て『この人に教わりたい』と思いました」という理由で明石商を選択。1年夏から甲子園で活躍していた。

 今夏の兵庫大会では打率.320と来田の能力からすれば今ひとつの結果で、本人も「調子が上がらなくて、先輩たちに迷惑をかけました」と振り返る。だが、甲子園に向けて「下半身を使ったどっしりした自分のスイング」を取り戻すために調整してきた。

 8月11日の花咲徳栄(埼玉)との好カードに1番・センターで出場した来田は、その実力を見せつけた。1打席目はボールを呼び込んでサード左へ強烈な打球を放つも、花咲徳栄の田村大哉に横っ飛びで好捕されサードゴロ。2打席目のセカンドゴロを挟み、3打席目はストレートをとらえてセンター前ヒット。

 花咲徳栄の先発投手・中津原隼太はサイドスロー左腕だったが、体を開かずに逆方向へ強くコンタクトしていく姿勢が印象的だった。

 さらに4打席目は、相手投手の2番手左腕・高森陽生が登板した直後、3対3の同点で迎えた7回裏だった。来田は2ストライクに追い込まれると、それまで上げていた右足を地面に着け、ノーステップ打法に切り替える。そして高森の外角に逃げていくスライダーを強くとらえると、レフトをはるかに越える二塁打になった。この一打をきっかけに3番・重宮涼のタイムリーヒットが飛び出し、明石商は接戦を制した。

 試合後、来田の口をついたのは強烈な当たりを放った3打席目のことではなく、唯一打ち損じた2打席目への反省だった。

「2打席目だけ合わせるバッティングになってしまったので、そこが悪かったですね」

 ヒットの打席について聞いても浮かれた顔をすることはなく、「でも、やっぱり2打席目が……」とつぶやく。完璧主義者なのかと聞くと、来田は真顔で「はい」とうなずいた。

 こんなものでは満足できるはずがない。来田はそう言いたかったのかもしれない。

 明石商の狭間監督は来田をどう見ているのだろうか。歯に衣着せぬコメントで報道陣から好評の狭間監督は、試合後の囲み取材で来田について聞かれると、少し苦笑を浮かべながら「あいつはまだたいしたバッターじゃないですよ」と語り、こう続けた。

「あいつはタイミングを計れない男なんです」

 そのキャッチーな言葉が気になり、狭間監督にもう少し説明してもらうと、立て板に水のごとく解説してくれた。

「ピッチャーがボールを離したところからホームまでボールが到達するのに0.43秒かかると言われています。高校生のバッターはトップからインパクトまで0.2秒弱かかる。つまり0.43から0.2を引いた0.23秒がバッターに残された時間なんですが、来田はまだその間(ま)を感じられていない。間を感じられる選手が足を高く上げるのはいいんだけど、感じられない選手が足を上げるのはどうなのか。センバツの智弁和歌山戦だって、(ホームランの)2本とも2ストライクに追い込まれたあとのノーステップだから打てたんですよ」

 一気にまくし立てる狭間監督に圧倒されつつ、論理的でわかりやすい解説に納得した。「タイミングが計れない」という一面は守備面でも見られた。この日は高いセンターフライに対して落下点に入るのが遅れ、危うくボールを捕り損ねそうになりスタンドがどよめくシーンがあった。狭間監督は「フライを捕るのも危なかったでしょう。そのあたりのタイミングを計れないんですよ」と強調した。

 もちろん、狭間監督が来田に高い次元を求めているからこその要求である。タイミングの取り方は人それぞれに染みついた感覚があるはずで、一朝一夕に進化するものではないだろう。だが、来田が師と仰ぐ狭間監督のもとで今後どれだけの技術を身につけるのか、楽しみは尽きない。

 そして来田は2年生エースの中森俊介とともに、1年後のドラフト会議を賑わせる可能性がある。キーワードは「タイミング」。来田の打席では「0.23秒」を感じながら見てみるといいだろう。