ボートのインターハイは8月16日に熊本県で開会式が行われ、20日の閉会式まで熱戦が繰り広げられる。舵手付きクォドルプルのほか、ダブルスカルとシングルスカルの計3部門、男女合わせて6競技が行われる予定だ。今回はボート競技が持つ面白さ、強豪校が…

ボートのインターハイは8月16日に熊本県で開会式が行われ、20日の閉会式まで熱戦が繰り広げられる。舵手付きクォドルプルのほか、ダブルスカルとシングルスカルの計3部門、男女合わせて6競技が行われる予定だ。今回はボート競技が持つ面白さ、強豪校がどのような練習を行っているかに迫る。

“フジヤマのトビウオ”の母校

現在放送中のNHK大河ドラマ「いだてん」。主人公・田畑政治氏の故郷である浜松市で、インターハイ優勝を目指してオールを漕ぐ高校生たちがいる。部員数28名(男子19名・女子9名)の静岡県立浜松西高校ボート部だ。なお、浜松西高校は静岡県内でも有数の進学校で、“フジヤマのトビウオ”と称された田畑氏の教え子・古橋廣之進氏の母校としても知られている。

※浜松西高校を含めて高校3校、中学1校が漕艇庫を構える佐鳴湖漕艇場。漕艇庫を同じくする他校と切磋琢磨し、日々腕を磨いている

彼らの漕艇庫があるのは、浜名湖に隣接した佐鳴湖のほとり。佐鳴湖は水深が2〜3mと浅く、ボートのレース距離・直線1000mのコースが十分に取れる天然の漕艇場だ。浜松西高校ボート部は昨年のインターハイ女子シングルスカル部門を制覇し、今年は女子舵手つきクォドルプル部門(選手4人と舵手1人が乗船)優勝を狙う。

インターハイ競技・舵手つきクォドルプルとは

※佐鳴湖で練習する男子舵手つきクォドルプル。コックスと呼ばれる舵手(写真一番右)が指示を出し、それに合わせて4人の選手がオールを漕ぐ

舵手つきクォドルプルとは、選手4人と舵手1人の計5人が乗船し、1000m(※)の直線コースを漕いでスピードを競う部門である。実力が近い選手4人を揃えなければならないため、この部門で安定した成績を残せる部は優秀なチームといえる。勝負の鍵は選手たちが息を合わせて最後まで漕ぎきること。呼吸がずれてしまうとボートの失速に繋がるからだ。また、選手は後ろ向きにローイングするので、進行方向を向く舵手が対戦相手やゴールまでの距離を見ながら指示を出すことも重要。同じレベルの選手が4人で息を合わせる、という共通点から、舵手つきクォドルプルは「水上のリレー」といえる。

総距離1000mのうち、速く漕がなければいけない序盤200mまでが「スタートスパート」、一定のリズムで漕ぐ200mから500mが「コンスタント」、徐々にリズムを上げる500mから700mが「ミドルスパート」、700mから850mは再び「コンスタント」となり、850mからゴールまでが「ラストスパート」と分けられている。どのタイミングで仕掛けるかはクルーごとのレースプランによって異なるが、こうした駆け引きも競技の魅力だ。

※1000mはインターハイ独自のコース。通常は2000mであることが多い

インターハイの競技ルールについて

インターハイに部のボートを持ち込むことはできない。使用するボートについては、全校を平等にするため大会運営側から貸し出される決まりになっている。それを2日間の公開練習で乗りこなして予選に臨む。なお、昨年のインターハイは台風直撃で公開練習ができなかったため、ぶっつけ本番で試合に出場したという。ボートは非常に天候に左右されやすい競技だ。通常は敗者復活戦も行われるが、天候不良で試合が順延してしまうと予選のタイムのみで上位進出者を決めることもある。

今回お話を伺ったのは、そんなインターハイ・ボート競技が持つ色々な難しさを克服しながら、女子舵手つきクォドルプル部門の頂点を目指す4人の選手たち。今年4月から組み始めた3年生3人、2年生1人というメンバーだ。選手全員が高校に入学してからボートを始めた。

「ボートは高校から始めても本気で全国大会を狙えるところが魅力」

※3年生の吉原舞選手。下級生の時は悔しい思いをすることが多かった分、誰よりも勝利への執念が強い

「ボートなら自分の長身が活かせると思った」

※3年生の島田にしき選手。中学時代は卓球部に所属していたが、高校からボート部に転身した。昨年もインターハイに出場するなど、経験値の高さが武器

「入部当初からインターハイに出ることが目標だった」

※3年生の中野由衣選手。レンジ(可動範囲)が長く、一漕ぎが大きい点が強み

「普段は味わえない非日常感に惹かれて入部した」

※2年生の影原風音選手。3年生の選手3人に劣らない高いローイング技術を持っている

なお、浜松西高校では、クルーのメンバーや参加する部門を顧問の先生たちが決める。「生徒から希望をヒアリングすることもある(顧問・上西先生)」が、希望通りの部門になれるとは限らない。

何よりも安全最優先!練習のルール

※モーターボートに乗って生徒たちの練習を見守る上西先生(写真左)と鈴木先生

顧問は化学教諭の上西智紀先生と鈴木秀倫先生。上西先生は就任6年目、鈴木先生は3年目だが、ボート競技の経験は共にない。「最初は教えられることが何もなく、正直辛かった(上西先生)」中でも、毎日欠かさず練習場に足を運んだ。足を運ぶ、というのは一見単純なようで、ボートの練習において最も重要なことだ。生徒たちだけで船を出すことは禁止されているため、練習は必ず水上から顧問が監視していなければならない。つまり、顧問の先生がいなければ部活動ができない。上西先生はモーターボートの操作方法を覚え、暑い日も寒い日も船上から彼らのローイングを見守り続けた。その中で成し遂げた昨年の優勝。先生たちの地道な努力が実を結んだ瞬間でもあった。

練習で起こる“沈”事とは

※シングルスカル練習中に転覆してしまった浜松西高校の女子選手。1人乗りのボートは選手の重心バランスが船体に直接影響を及ぼすため、転覆しやすい

ボートは風速8m以上が吹くと水上練習が中止になる。8m以下であっても、風に煽られるとボートが転覆してしまうことがあるが、投げ出されてもボートにつかまっていれば沈むことはなく、安全上大きな問題はない。モーターボートから先生たちが目を光らせ、転覆があると学校関係なく助けに行く。ちなみに転覆のことを部内では「沈(ちん)」と呼ぶ。月に一度あるかないかの珍事だそうだ。沈には他に桟橋から出発直後に転覆する「出沈(でちん)」、桟橋へ帰着直前に転覆する「帰り沈(かえりちん)」があり、練習経験がまだ少ない下級生にとっては“通過儀礼”となっている。

練習後に行うルーティン

※船体が塩分で傷まないように、練習後ボートを掃除する中野選手

ボートに取り組む環境が十分整っているように見える佐鳴湖だが、良い点ばかりではない。水質が塩水であるため、ボートやオールが傷みやすいというデメリットもある。そのため、練習終わりの船体洗浄が欠かせない。練習前の船体整備からボートの掃除まで、すべて生徒たちが自主的に行っている。

恵まれた環境にも迎合することなく真摯にローイングする生徒たち、彼らを試行錯誤で指導する競技未経験の顧問、そして練習や競技にまつわるルール、天候を相手にする難しさ。様々な困難を乗り越えて彼らは強くなる。トップでゴールに飛び込み、令和最初のインターハイに名を刻むのはどの学校になるのか。その歴史的瞬間は是非インハイTVでチェックいただきたい。