来年の東京五輪で、メダル獲得が有力視されている競歩。なかでも注目度が高いのが、20kmで世界記録を持っている鈴木雄介(富士通)だ。

 今から4年前の2015年、鈴木は3月に20㎞で世界記録(1時間16分36秒)を樹立した。だが、同年8月の世界選手権は、股関節痛によって途中棄権。その後、16年リオデジャネイロ五輪の選考会にも出場できず、治療とリハビリに専念していた。



北海道千歳市で行なわれた合宿で、山西利和(左)と練習に取り組む鈴木雄介(右)

 18年5月の東日本実業団対抗選手権の5000mで2年9カ月ぶりに復帰。同年10月の全日本高畠大会で20kmに出場後、今年3月の全日本競歩能美大会で、4年ぶりの世界選手権代表入りを目指した。だが、ハイレベルなレース展開のなか、自己セカンドベストの1時間17分47秒で歩きながらも4位に終わり、20㎞の代表入りを逃してしまう。

 それでも、4月14日の日本選手権50km競歩に出場すると、3時間39分07秒の日本記録を出して優勝。50㎞で世界選手権代表に選ばれた。

 その50㎞挑戦の理由を鈴木はこう話す。

「東京五輪には是が非でも出たいと思っていたので、選択肢を広げるという意味もあって、試しました。本当は日本選手権で試して、今年10月の全日本競歩高畠大会で、東京五輪の50㎞の代表権を得るつもりでした。ただ、日本選手権は50㎞もしっかり組み立てられると思ったし、日本記録も出せるかなと思ってレースに臨んだのが正直なところです」

 鈴木は、日本選手権で優勝したとしても、2位に入るのはリオ五輪3位の荒井広宙(富士通)だと予想していたため、実績を考えれば自分が50㎞で世界選手権に出場するとは考えていなかった。しかし、その予想は外れて荒井は4位。鈴木が世界選手権の出場権を手にすることになった。迷ったものの今村文男コーチとも話して、「東京を目指すためにも暑い中でのレースを経験しておこう」と、結局、世界選手権に出場することを決めた。

 世界選手権の50km競歩の代表は、アジア大会で優勝した勝木隼人(自衛隊体育学校)と、昨年10月の高畠で優勝した野田明宏(自衛隊体育学校)がすでに内定している。日本選手権では、川野将虎(東洋大)が2位になったが、3人ともに世界選手権の出場経験がない。確実に結果を出すためにも、経験豊富な鈴木の存在がチームにとって必要だった。

「日本選手権の50kmに出る前は、東京で狙うのは20kmと思っていたし、やりたい気持ちはある。でも、今はどっちでもいいかなという考えになっていますね。東京五輪でいかにメダルを獲るかと考えたときに、50kmでもいいかなという感じです。

 ただ、冬の50kmと夏の50kmはまったく別物なので、まずは暑さの中で戦えるか。さらには海外のライバルたちと、どう戦えるかを試すのが世界選手権だと思います。もしそこでメダルを獲れれば、自信につながる。その自信を持って東京に臨めるのが理想的かなと思います」

 鈴木は今年、日本選手権50kmで優勝して以降も、競歩グランプリ・ラコルーニャ大会(スペイン)の20kmで3位と好調を維持している。

「ラコルーニャは15年世界選手権以来の国際大会でしたが、今までの海外遠征の中では、一番落ち着いてパフォーマンスを発揮できた。これまでの海外の大会で一番よかったのは、14年のワールドカップの4位ですが、あれは中国で時差もなかった。それを考えれば、時差のあるヨーロッパで結果を残せたのは、相当な自信になりました」

 安定の理由は2年間の休養を経て復帰後、自分の予想以上の速いペースで今のレベルまで来られたことだという。

「(3月の)能美大会の前は、故障をして3週間練習を休んだので、調整期間は3~4週間しかなかった。いつもだったら故障した3週間で気持ち的にもダメになってしまうのですが、2年間も休んでいたから3週間くらいは短いなと思えて。そのへんの気持ちの余裕が結果に表われていると思うし、今は2週間あれば仕上げられるという自信も持てています」

 経験値から言えば、50kmは「チームメイトの荒井の方が上」と言う鈴木だが、スパート力では20kmのスピードを生かせる鈴木のほうが高いだろう。また、暑さを経験しておくという意味で、7月末から都内で合宿を組んで東京五輪とほぼ同じ日陰のないコースを30km歩き、そこでもしっかりと自信をつけることができた。

「東京でシミュレーション合宿をやって、いい感じでできていた。これからは、世界選手権へ向けて、暑い中でどう戦うかに注力していきたい。メダルを考えれば、今の状態を上げるというより、いかに戦術を持って戦えるかだと思う。これまでは『やらなきゃ、やらなきゃ』と追い込んで何回も失敗しているので、今はでき上がった調子を崩さないような練習をしていこうと思っています」

 そんな鈴木に、朗報がある。東京五輪の翌年、2021年以降の競歩は50kmと20kmがなくなり、30kmと10kmになる。とくに30kmは、彼の持ち味を存分に発揮できる種目になるはず。本人も「30kmというのは僕が一番パフォーマンスを発揮できる距離だなと思っている」と表情は明るい。

 また、20kmで世界選手権出場を決めている世界ランキング1位の山西利和(愛知製鋼)についてはこう話す。

「山西も(30kmを)やるようになれば、海外選手よりも彼が一番のライバルになる。一緒に練習をする機会が増えたけど、20kmは向こうの方が強いので、勝つ手段をいろいろ模索しています」

 ライバルでありながらも、互いを信頼しているとも言う。

「今までは海外選手を意識していたんですが、今は身近にそういう(競争する)存在がいて、お互いにいい結果が出るという確信を持って(練習が)できている」

 鈴木はいま、「心に余裕を持って練習に取り組めている」と話す。9月の世界選手権は、焦ることなく、来年の東京五輪へのひとつステップと捉えて、冷静に臨むだろう。