一言で言えば「不思議なチーム」である。 攻撃力がもてはやされる現代野球にあって、猛烈なフルスイングを見せる打者がいるわけではない。守備は堅実だが、観衆を魅了する派手なプレーができるわけではなく、肩もさほど強くない。中心投手は140キロ…

 一言で言えば「不思議なチーム」である。

 攻撃力がもてはやされる現代野球にあって、猛烈なフルスイングを見せる打者がいるわけではない。守備は堅実だが、観衆を魅了する派手なプレーができるわけではなく、肩もさほど強くない。中心投手は140キロ台の快速球を投げるものの、簡単に先頭打者を四球で出塁させてしまう。

 それなのに、9イニングが終わったときには相手チームより1点でも多く奪っている。関東一(東東京)とはそんなチームである。



日本文理戦で無安打に終わった関東一高の村岡拓海だが、守備でチームのピンチを救った

 8月10日、夏の甲子園(全国高校野球選手権)初戦で日本文理(新潟)と対戦した関東一は10対6で勝利した。日本文理の鈴木崇監督は「ウチにも得点機はありましたが、それをより多くものにするのが全国区のチームなんだなと感じました」と敗戦の弁を述べた。

 関東一の2番・セカンドのレギュラーを務める村岡拓海は「ウチは野球の実力だけなら甲子園出場校のなかでも下のほうだと思います」と語る。

 謙遜ではない。昨秋、関東一の公式戦を見たことがある。強豪と言いがたいチームにも苦戦し、米澤貴光監督の苦渋に満ちた表情が印象的だった。秋の東京都大会は3回戦で敗退。米澤監督は当時を「これは本当に厳しいな……と思っていました」と振り返る。

 チームが変わったのは、ここからだ。きっかけは野球部を引退した石橋康太(現・中日)、宮田蒼太(現・國學院大)、齋藤未来也(現・中央大)らが寮に残り、進路先のチームに合流するギリギリまで練習に参加してくれたことだった。

 米澤監督によると「年が明けてから、選手たちの野球への理解度が目に見えて変わりました」と言う。選手たちも自分たちの成長を感じ取っていた。村岡は言う。

「秋の時点では『自分たちはできている』と勘違いしていました。でも、冬場に実戦を想定した練習を一からやり直したことで、細かい部分まで野球を叩き込まれました」

 50メートル走5秒台という快足を武器にする大久保翔太は、同じく俊足外野手の齋藤から走塁術を学んだ。

「齋藤さんは感覚の人なので、擬音ばかりなんですけど(笑)。齋藤さんの動きを見て、『こう動くんだな』と自分なりに勉強できたのがよかったと思います」

 大久保は今夏の東東京大会6試合で7盗塁を荒稼ぎしたが、盗塁するうえでの意外なこだわりを教えてくれた。

「帰塁を大事にしています。一塁に戻る動作がうまくなれば、リードを大きく取れますから」

 人間はいつでも家に帰れる心づもりをしていれば、かえって遠くまで行けるものなのかもしれない。

 また、大久保ほど足が速い選手でなくても、関東一では走塁技術を徹底的に叩き込まれる。二塁ランナーがシングルヒット1本でホームへ還ってくる。外野手がバックホームした送球を見て、打者走者が二塁を陥れ、再びランナー二塁の状況をつくる……。こうした地味ながら得点に直結するプレーを練習で磨いていく。

 守備面も同様だ。前述したように、大久保をはじめ関東一の外野陣は決して肩が強くない。それでも連係プレーを磨けば、相手の進塁を阻むことができると村岡は言う。

「大久保は足があるから打球までの距離を詰められます。そこから大久保が鋭く投げられる位置まで僕がカットに入れば、僕は肩に自信があるので素早い中継プレーができます。そのあたりは普段の練習で会話し合って決めています」

 お互いの弱点をお互いの長所で埋める。それが関東一の最大の強みなのかもしれない。

 甲子園での日本文理戦では、こんなプレーがあった。関東一の4点リードで迎えた9回表。日本文理は先頭打者が死球で出塁し、さらに2番・長坂陽が一、二塁間への強烈な打球を放った。誰もがライト前に抜けて無死一、三塁のチャンスに広がったと思ったに違いない。だが、その打球方向にセカンドの村岡がいた。

「長坂くんはこの試合で右方向へのバッティングを徹底していて、ノーアウト一塁という状況からしても、右方向を狙ってくると思ったんです。キャッチャーの野口(洋介)もアウトコースに構えたので、絶対にこっち(一、二塁間)にくると思ってポジショニングを変えました」

 このプレーで日本文理の流れを分断した関東一は、谷の連続四球でピンチを迎えたものの後続を抑えて2回戦進出を決めた。

 注目すべきは、ビッグプレーを演じた村岡がそれまで運に見放されたかのように失敗続きだったことにある。

 1回裏の打席では送りバントに失敗し、2回裏の打席では二死満塁のチャンスでキャッチャーファウルフライ。3回裏には逆転に成功した直後の二死一、二塁の場面でピッチャーゴロ。7回表には自慢の守備でエラーを犯し、日本文理に追撃のきっかけを許してしまっていた。

 村岡は「さすがに守備でも悪送球をしたので、自信を見失いかけました」と明かす。それでも、米澤監督から「今日のお前は守備の日だから」と声をかけられ、気持ちを切り替えることができた。「みんなの足を引っ張った分、取り返したい」という思いが、土壇場での好判断につながった。

 関東一はどの選手に話を聞いても、自分のプレーに対して明快に答えてくれる。そんな印象を村岡に伝えると、誇らしげな表情でこう答えた。

「カンイチ(関東一)に入った時から、米澤監督や指導者の方々から野球を叩き込まれてきていますから。ベンチにいる選手も野球を考える能力が高くて、相手のクセに気づけるヤツが多いです。ベンチにいる18人とアルプスにいる全員の力で、相手と戦っているつもりです」

 関東一の次戦は8月14日、熊本工(熊本)との対戦になる。気づいたらリードを奪っている関東一の不思議な野球の背景に、野球について考え抜いた男たちの結晶があることを想像してみてほしい。