初代MVP早田ひなが明かすTリーグ1年目と未来 前編 Tリーグ初年度に、名だたるスター選手を抑え、最もインパクトを与えたのが日本生命レッドエルフの早田ひなだった。リーグ戦、プレーオフ ファイナルを通じて、13連勝という驚異的なレコードを…

初代MVP早田ひなが明かすTリーグ1年目と未来 前編

 Tリーグ初年度に、名だたるスター選手を抑え、最もインパクトを与えたのが日本生命レッドエルフの早田ひなだった。リーグ戦、プレーオフ ファイナルを通じて、13連勝という驚異的なレコードを記録し、初代MVPに輝いた。早田の卓球人としての土壌を形成した福岡県北九州市「石田卓球クラブ」で、激動の1年を過ごした彼女の素顔に迫った。



「Tリーグの中で強くなれた」と早田。初代MVPに輝いた

――昨年度はチームを初代チャンピオンに導くなど、まさに大車輪の活躍でした。あらためてTリーグの初年度を振り返ってみていかがでしょうか?

「いつも日本生命で練習をしていたのですが、日本生命のメンバーと一緒に試合をするということは、それまでありませんでした。そんな中でTリーグができて、いつも一緒に頑張っているチームメートと試合をすることができたのは新鮮でした。それまでは世界選手権などの国際大会で選ばれたメンバーで1週間ほど合宿して、試合に向かうというくらいでしたから」

――幼少期の頃からよく知る平野美宇選手とも同じチームで汗を流しましたが、それも新しい感覚でしたか?

「そうですね。これまでも世界を舞台に戦うことは結構あったんですが、普段は距離も離れているので、試合前に合流するケースが多かったですね。(Tリーグでは)一緒にいるからこそわかりあえる、高めあえることもあり、私自身も刺激になることがたくさんありました。いろんなチームメートから技術や考え方といった良い部分をうまく吸収できたことが、成長につながったのかなと思います」

――昨シーズンは大きな躍進を遂げられたと思います。Tリーグが与えた影響はあったのでしょうか?

「Tリーグで強くなれたという感覚です。練習の中で変えたこともあったけど、試合でしかわからないこともあります。これまでは試合間隔が空くことが多かったんですが、Tリーグができたことで試合間隔が詰まり、試合の中で随時修正や確認をすることができました。その良い感覚のままプロツアーや国際大会に臨むことができたのは、大きかったですね」

――意識やプレースタイルで変えたところはありますか?

「もともと私のスタイルは両ハンドドライブが特徴。これだけ身長(167cm)があるので有利な部分もあるんですが、サーブ・レシーブでの細かい台上の技術だったり、そこからの展開、駆け引き、広がりが変わりましたね。とくに2球目、4球目、6球目、サーブからの3球目、5球目は意識的に変えていきました。

 これまで自信がなくて手探りでやっていた部分が、試合を重ねることで迷いなくプレーできるようになっていきました。そういった技術や戦術の広がりの部分で、うまくポイントを取ることができるようになりました。自分の得意な両ハンドにどうつなげるか、いかに持っていくか、という練習は本当にたくさんしました」

――戦術の幅が広がり、バリエーションも増えたということですね。

「そうですね。普段とは違う選手と練習できたのは大きかったですね。たとえば中国選手とはいつも一緒にいるわけではないですが、チームメートの常晨晨(チャン・チェンチェン)の練習を見て、『あ、こんな技術もあるんだ』と驚きました。そういった戦術や技術を取り入れたことも多かったですね。そういう引き出しの数は、この1年で増えたと自分でも感じています」

――開幕戦で、トップおとめピンポンズ名古屋所属で台湾代表のエース鄭怡静(チェン・イーチン)に勝利し、その後も勢いに乗って最終的には13連勝でした。この数字についてはどう捉えていますか?

「うーん、最初の頃は6勝0敗で、『あ、私勝ってる!』くらいでした。Tリーグは、公式ホームページにサーブ・レシーブ等の細かいデータを出してくれているんですが、それを見て、『1人だけ勝率100パーセントや』みたいな感じで(笑)。でも、まさか最後まで勝ち続けられるとは……。

 とくに最後のほうは木下アビエルさんとの試合がすごく多くて、個人の成績というよりはチームのために本当に1試合ごとに考えていたので。ファイナルの試合も負ける寸前でしたし、そういう数字面は意識していなかったですね」

――木下アビエル神奈川の劉燕軍(リュウ・エングン)監督も、「石川佳純、木原美悠も伸びたけど、早田の成長が最も印象的だった」と話していました。

「そうなんですね。大きかったは、Tリーグはチームで戦うので、それが私に合っていたことです。団体戦だと監督がいてコーチがいて、選手が5人くらいいて、それぞれの意見を聞きながら試合をできるのがとても大きな力になりました。

 やはり自分では見えない部分、試合中に気づかなかった部分を、いろんな方々から、さまざまな角度でアドバイスをもらうことで、『あ、これも試そう。こっちはどうだろう』というひらめきが、どんどん生まれてきました。だから試合の中で相手に限定させない、戦術を練らさないということがうまくできたと思います」



結果を残したことで、自信を深めた早田

――今年2月のポルトガルオープンでは、中国代表の劉詩雯(リュウ・シブン)を破るなど、世界の舞台でも自信がついたのではないですか?

「Tリーグが始まって、10月後半くらいからですかね、私としては、『少しずつうまくいっている』という感覚を持っていました。2月に劉詩雯選手に勝つことができて、やっぱり技術としても上がってきているなと」

――小学校時代から二人三脚でやってきた石田卓球クラブの石田大輔コーチ(現・日本生命コーチ)も、「ひなが一番変わった1年だった」とおっしゃっています。

「昔から私は悩みすぎるところがあって……。本当にこれでいいのか、と悩みながらプレーしすぎる癖があったんです。攻撃的なスタイルは当然リスクもあるので、大事な局面でも振り抜くのではなく、入れにいってしまうことが多々あり、それを後悔することがありました。

 ただ、石田コーチと一緒に中国選手に勝つことを目標にやってきたので、中国選手に勝つためには、やはり攻め続けないといけないことを再確認しました。やっぱり私の卓球は攻める卓球なので。そういう悩みが吹っ切れて、『早田ひなはこのスタイルでいくんだ!』という信念が生まれた1年でもありました。その過程で、リーグで結果を残せたことは自信になったし、私はTリーグで強くなれた選手だと自分でも思います」

(後編に続く)