扇子(せんす)をパッと広げると、野球のフェアグラウンドのような形になる。骨組みの親骨と中骨が一点で留まる部分は「要(かなめ)」と呼ばれ、その位置関係から野球の捕手は「扇(おうぎ)の要」と形容されてきた。「いい捕手がいるチームは強い」。…

 扇子(せんす)をパッと広げると、野球のフェアグラウンドのような形になる。骨組みの親骨と中骨が一点で留まる部分は「要(かなめ)」と呼ばれ、その位置関係から野球の捕手は「扇(おうぎ)の要」と形容されてきた。

「いい捕手がいるチームは強い」。それはもはや日本球界の定説になっている。守備中はひとりだけ反対を向き、配球を考えるだけでなく、相手ベンチの動静から自軍の守備陣形にまで広く目を配る。捕手の差配ひとつで勝敗を左右するため、「フィールド上の監督」という見方をされることもある。

 そんな重要視されるポジションに、近年ある変化が起きている。プロ野球では複数の捕手を併用することが当たり前になっているが、高校野球にもその波はやってきている。

 全国高校野球選手権(夏の甲子園)で初戦敗退したものの、霞ケ浦(茨城)は3年生エースの鈴木寛人が先発登板する場合は、3年生捕手の鈴木春樹が先発マスク。2年生左腕の山本雄大が先発する際は、2年生捕手の瀬川悠人が先発マスクをかぶった。これは練習試合などの実戦を通して、相性を考えての起用だという。

 鈴木寛は「下級生だと遠慮もあるでしょうし、僕はワンバウンドになる変化球を使うので、ワンバウンドを止めるのがうまい春樹だと投げやすいです」と語った。



3人の捕手を使い分けて岩手大会を制した花巻東

 今夏の甲子園には、さらに特徴的な捕手起用を見せるチームも出場する。花巻東(岩手)は岩手大会を3人の捕手で勝ち抜いた。

 大会序盤は打撃力と走力に長けた2年生の菅源斗が活躍。守備力の高い背番号2の武田羅生(らい)は主に捕手の守備固めを務めた。さらに大会終盤は、攻守にバランスのいい背番号5(甲子園では背番号3に変更)の山﨑大翔(ひろと)が先発マスクをかぶり、優勝に大きく貢献した。

 佐々木洋監督に捕手陣の使い分けについて聞くと、「本当は固定しないのは嫌いなんですが」と苦笑しつつ、こう続けた。

「今年は初めて3人のキャッチャーを使いました。タイプや性格によって、うまく使えたかなと思います。山﨑は春先に不調だったのが、最後はバッティングで活躍してくれました。リードも強気ですしね。菅は攻撃力があって足も速いですし、武田はもともと秋からマスクをかぶっている子なので守備に安定感があります。あとはエースの西舘(勇陽)との相性や左ピッチャー(中森至、小野寺輝)が投げるときのキャッチングの仕方を見ながら使っていました」

 今夏6試合のうち、山﨑が4試合(先発3試合)に出場して打率.500、菅は3試合(先発2試合)に出場して打率.600。武田も3試合(先発1試合)出場で守備を引き締めた。それぞれに力を発揮したとはいえ、自分がレギュラーとして出場したい思いもあっただろう。

 そこで併用される3人にも話を聞いてみたが、ギラついたライバル関係というよりも、ともに戦う「パートナー」という感覚のようだ。

「3人とも仲がいいですし、お互いに技術的に気づいたことを教え合っています。自分が出ていなくても『自分の代わりに出てくれている』と思いを託していますし、誰が活躍してもうれしいです。『正捕手』ということは意識していませんね」(山﨑)

「大会直前まではレギュラー争いをしていましたが、大会になれば誰が出てもチームが勝つことが一番なので。後輩の菅が代打で同点タイムリーヒットを打った試合(花巻北戦)も、仲間として素直にうれしかったです。山﨑はキャッチングや送球の精度、菅からはバッティングを勉強しています」(武田)

「武田さんも山﨑さんもやさしくて、いろいろと教えてくれます。2人とも僕より頭がいいので、先輩が試合に出ているときは安心して見ていられます。リードや守備の技術は自分にはないものなので。僕はバッティングや足を買われて使ってもらっているので、そこで活躍しないといけないと思っています」(菅)

 8月9日の甲子園初戦・鳴門(徳島)戦では、果たして誰がスタメンマスクをかぶるのだろうか。

 昨年から複数捕手制で戦っていたのは仙台育英(宮城)である。昨夏の甲子園は1試合のなかで3人もの捕手を使い分け、「継投」ならぬ「継捕」と呼ばれた。

 就任2年目の須江航(すえ・わたる)監督は36歳の若い指揮官ながら、仙台育英の系列校・仙台育英秀光中を日本一に導くなど、中学球界でその名は広く知られている。練習試合で捕手にインカムを装着させ、ベンチとグラウンドの双方向でコミュニケーションを取りながらリードを学ぶという先進的な手法を試みることもある。須江監督の柔軟な思考については、『高校野球継投論』(著者・大利実)に詳しい。

 須江監督の持論は「捕手が替われば野球が変わる」だ。一口に捕手といっても、人間によって性格も感性も違う。それぞれの持ち味や投手との相性を考え、起用する捕手を決めているのだ。今夏は3年生の猪股将大と1年生の木村航大の2人がメイン捕手として併用された。

 須江監督は「捕手を基準にスタメンを決めることもあります」と語る。たとえば宮城大会準々決勝・仙台戦では「9イニングで勝つことを考えて、まずは守備をしっかりできる捕手を」という狙いから、守備の信頼度がチーム一番の木村を先発に起用した。

 先発捕手を木村に決め、次いで先発投手を木村と中学時代からバッテリーを組む1年生左腕の笹倉世凪(せな)に決めた。試合中盤から猪股を投入し、投手も3投手の継投で3対0の完封勝利を収めた。

この試合以外は捕手陣のなかで比較的打撃力に優れる猪股が先発し、その後に木村が登場するパターンだった。

 しかし、ひとつ疑問もある。「捕手が替われば野球が変わる」ということは、せっかくのいい流れを悪い方向に変えるリスクも秘めているのではないか。

 須江監督に聞くと、「捕手を替えることで悪い方向に流れがいくというのは、ほとんど結果論でしかないと思います」と答えたあと、その根拠を続けた。

「私はトーナメントで試合中に捕手に修正をかけるのは無理だと考えています。でもベンチにいるキャッチャーは、リアルタイムで私と話せるので意図が伝わっています。実際に練習試合や紅白戦を含めて年間300試合ほどやっても、捕手を替えて状況が悪くなることはほとんどないですね」

 仙台育英の捕手起用は数多くの実戦経験のなかから適性を読み取り、監督と選手がコミュニケーションを取っているからこそ成立するのだろう。今年の仙台育英は中心投手が4人もおり、継投戦略を取っている。それだけに捕手にかかる負担の比重は高くなるが、継捕なら選手の個性を生かしながら負担を分散できるメリットもある。

 甲子園出場を決めた時点で、仙台育英は背番号2を猪股から木村へと変更した(猪股は背番号12へ)。その意図を聞くと、須江監督は淀みない口調で答えた。

「木村の守備力がチームを支えているという共通認識が私にも選手の間にも生まれたので、2番を木村にしました。彼の存在は非常に大きいですよ」

 もし、能力的にずば抜けた捕手がいたら継捕はしないという。まだ1年生である木村の今後の成長が楽しみだ。

 複数捕手を使う戦術は今後も全国的な広がりを見せるのか。もしかしたら、今夏の甲子園がその試金石になるかもしれない。