弓道は、8月7日に開会式が行われ、10日の閉会式まで開催される。競技は宮崎県を舞台に、4日間に渡って熱い戦いが繰り広げられる。 昨年のインターハイ・弓道は、女子団体で鹿児島南高等学校が大会初優勝を飾った。その鹿児島南は今年、男子団体がイン…

弓道は、8月7日に開会式が行われ、10日の閉会式まで開催される。競技は宮崎県を舞台に、4日間に渡って熱い戦いが繰り広げられる。

昨年のインターハイ・弓道は、女子団体で鹿児島南高等学校が大会初優勝を飾った。その鹿児島南は今年、男子団体がインターハイに3年ぶりに出場する。全国レベルから遠ざかっていた同校だったが、4年前にある教師が赴任してからメキメキと力をつけ、今では全国レベルの強豪にのし上がった。いったいどのようにして力をつけてきたのか。その理由に迫ってみた。

弓道強豪校に仕立て上げた未経験先生

「実は弓道の経験者でなかったのです」。そう話すのは、昨年の東海総体で女子弓道団体優勝に導いた鹿児島県立鹿児島南高等学校の弓道部顧問、八尋毅先生。鹿児島南は、県内の県立校では唯一の体育科がある学校だ。その名に恥じず、水球、柔道、陸上などはインターハイ常連である。体育館は4階建。1階が柔道と剣道の道場、2階が部室、3階が体育館、4階が卓球コート。そして水球専用のプールが隣接していて、陸上は専用トラックがある。これだけの施設を保有している県立校は全国見渡してもそうそうないのではないだろうか。

弓道場には多くのトロフィーや賞状が飾られていた。

しかし、弓道部の弓道場は、八尋先生曰く「よくぞ(この場所を)見つけた」と言うように、校舎脇の細い通路を通ってようやく辿り着く。知らない人では一度行っただけでは簡単にたどり着けないかもしれない。そしてすぐ脇には道路があるため、十分なスペースを確保できない。通常なら射手(いて、弓を射る人)が立つ間隔は、180センチが適正と言われている。130センチなら狭いというところ、鹿児島南の弓道場では110センチ。これはかなり狭いそうだ。さらに、矢を放つ場所から的まで、本来なら長方形のところ、左手に道路があるため、台形といびつな形をしている。そんな環境で鹿児島南は弓道の強豪校までどのようにのし上がってきたのか。

真剣な表情で弓を射つ鹿児島南弓道部の生徒。

“冬の時代”を乗り越えた秘訣は?

「体育科の生徒はいません」。

弓道部に体育科の生徒は在籍せず、全員が普通科や情報処理科など。それでも弓道部がインターハイ常連になったのは八尋先生の指導の賜物だろう。

八尋先生が鹿児島南に赴任したのは平成28年。今年で4年目を迎える。それまでの鹿児島南は、インターハイから遠ざかっており、正に“冬の時代”だった。

「私が何か変えたというよりも、前任の先生が熱心に作り上げていった成果が平成27年から出始めました」と言うように、八尋先生が赴任初年度の平成28年に男子団体がインターハイ初出場、翌年に女子団体が40年ぶりにインターハイに出場した。46歳の八尋先生は教師になりたての頃、バレーボール部の顧問になりたかったそうだが、最初に赴任した高校で「君は弓道部だよ」と言われたのが弓道部との出会いだった。

練習後に八尋先生の話に耳を傾ける弓道部員たち。

指導は「何も言わない」

「教えるからには自分も(弓道を)知っていなければいけないという思いもあって、弓道をそこから始めました」。

最初は生徒に教えてもらいながら技術を磨き、今では3段の腕前だ。八尋先生が指導で気をつけているのは、「何も言わない」。弓道はかなり特殊な競技で、競技の途中でタイムアウトが取れない。例えば、1本目を外した場合、外からのアドバイスをもらうのが一切禁止。自分で判断をして修正をしないといけない。練習の時から試合を想定して、選手の自主性を重んじているのが八尋流だ。「何も言わない」ことが、本番で練習通りの力を発揮できる秘訣なのだろう。2年生の男子キャプテンの仮上くんは、「自分が聞きに行ったら教えてくれるけど、先生からは教えない。それがあるから自分たちで教えあうことが染み付いた。先生は、ここぞと言う時はしっかり指導してくれます」と八尋先生を理解する。確かに、生徒同士で教え合っている場面を何度も目の当たりにした。昨年のインターハイ女子団体優勝メンバーだった3年生の一人は、「ツンデレです」と八尋先生を評す。こんなことを言えるのも、先生と生徒の距離感が近い証だろう。

鹿児島南弓道部では生徒同士で教え合う。

生徒には「勝たなくていい」

試合前には、「生徒に『勝たなくていい』というようなニュアンスで言います。普段から冗談を言っているから、そういうことも通じると思います。生徒たちと同じ空気を吸っているだけです。弓道を楽しんでもらって、高校卒業後も弓道を続けたいと思う生徒がいたら万々歳です」。

この指導方法は生徒にもしっかりと伝わっている。インターハイでキャプテンを務める上京田くん(3年)は、「部活自体が八尋先生。ゆったりした雰囲気。決まり事がなく伸び伸びできている。それがうちのいいところ。弓道は生涯スポーツなので、時間があれば弓道を続けていきたい」と笑顔で話す。2年生の女子主将の鎌田さんは「技術面の指導というより、精神面を指導してくれます。大会前とかも、普通だったら練習をしなさいという先生とかいると思いますが、八尋先生は座れる時に座っておけと言います。あまり無理をするな、本番の時に疲れるからという指導をしてくれます」と八尋流の“ゆったり”指導法を説明してくれた。

先輩から後輩への指導。
2年生の男女キャプテン、仮上くん(写真左)と鎌田さん(写真右)。

長渕剛の母校

鹿児島南でスポーツの他に有名なことがある。それは、歌手・長渕剛さんの母校ということだ。同校の生徒の中には、長渕さんが作った楽曲の詩の一部を背中にプリントしたTシャツを着て部活に励んでいる子達もいる。詩の内容を簡単に言うと、「頑張れ、頑張れ、一度くらいは死ぬ気で頑張れ」。このTシャツは全ての部活が作れるわけではなく、全国レベルの大会で実績を残した部活だけが作ることを許されるという。このTシャツを着ることは、学校に強豪と認められた証拠で一種のステータス。弓道部は、最近になって作ることを許されたそうだ。

30〜40センチの深さに突き刺さる衝撃度

ここで弓道のちょっとしたルールを簡単に紹介。弓道の団体戦は、矢を最初2本同時に持たないといけない。片方を床に置いて、射ってはいけないのだ。先に射るのが甲矢(はや)、後に射るのが乙矢(おとや)。この順番で射たないといけないルールになっている。それぞれの矢の違いは、羽根の表が外か内に向いているかだ。

弓を引く力は、男女差があるが、およそ12〜20キロ。射抜かれた矢の衝撃度は、殺傷能力があるほどなので安全面には特に気をつけるという。立ち位置から28メートル先の的に向かって放たれた矢が外れた場合、的の周囲の土に30〜40センチの深さに突き刺さることを考えれば、その衝撃度がわかるだろう。

弓を射つ位置から28メートル離れた場所に設置される的。

弓道に一番大事なのは気持ち

弓道は、自分自身が放った矢を的に届けるという単純作業。諸条件はあれど、同じことを毎回やっていれば的に当たる。それでも外れるのは、八尋先生曰く「(自分の胸を指して)ここです。試合になって緊張したらそれだけで普段の練習と違うから、それで外れる。練習の時は勝ちたいという欲があまり出ない。いざ試合になると、色々な欲が出てくるから、緊張したり力んだりします。弓道ではいかにその欲を抑えるかが重要です」。選手が精神を統一して、入退場から息を合わせて行う様を見るのは、弓道を見る人をも引き込むだろう。八尋先生は生徒に、「所作をそろえなさい」と常に教えている。つまり、坐射(座った状態)から矢を放つまでの一連の動作のことだ。所作を揃えた鹿児島南は昨年のインターハイで優勝。それに加えて、技能優秀賞も受賞した。出場した48校の中から1校だけが選ばれるだけに、いかに鹿児島南の所作が美しかったという証だ。射手の一連の動作は、10〜15秒。試合時間は5〜7分。静寂の中に響く、放たれた矢が的に突きささる乾いた音。団体の5人が綺麗に揃った所作を見るだけでも、弓道の素晴らしさが伝わってくるだろう。

鹿児島南弓道部では全員の所作を合わせることが重要。