インターハイへの出場はじつに13年ぶり3回目。高校サッカー選手権への出場は一度もなく、プロ選手も輩出したことがない…

 インターハイへの出場はじつに13年ぶり3回目。高校サッカー選手権への出場は一度もなく、プロ選手も輩出したことがないため、全国での知名度は決して高くない。ただ、高い技術力を前面に押し出したスタイルは魅力十分で、インターハイ開催の沖縄の地でダークホースとなりえる可能性を秘めるのが奈良の五條高校だ。



人工芝グラウンドで練習する五條高校

 県内の大会でコンスタントに上位に食い込みながらも、全国大会と縁遠かったのには理由がある。五條高校がある奈良県南西部の人口3万人ほどの五條市は、吉野杉の産地として知られる吉野山地と金剛山地に囲まれた自然豊かな場所だ。

 市内を走る電車は1時間に1本しかなく、最寄り駅から学校まで山道を30分近く歩かなければならない。山間部の入学者を受け入れるための寮やスクールバスもあるが、学校に興味があっても通学の不便さを理由に断念する生徒は少なくない。

地元の子どもを育てようとしても、そもそものサッカー人口が少ないため、中学生年代のクラブチームが多い県北部の奈良市の高校などと比較すると分が悪い。

 そうしたハンデを抱える一方で、2017年の春には奈良県南部のサッカーの拠点として、校内のグラウンドが人工芝となった。奈良県内の公立高校で人工芝グラウンドを持つのは、ラグビーの強豪として知られる御所実業高校に続き2例目で、サッカー部としては初めて。環境の良さを理由に、これまで以上に優秀な人材が五條高校の門をたたくようになった。 

 たとえば、今年の代のキャプテンを務めるMF池田達哉(3年)は多数のプロ選手を輩出する名門・ディアブロッサ高田FCU-15の出身で、県外の強豪でもスタメンを張るだけの力を持った実力者だ。兄が五條高校に在籍した縁もあり、毎日2時間近くかけて通学している。



五條高校のキャプテンを務める池田達哉(写真中央)

 10番を背負うMF中山幹太(3年)も市外からの通学者で、家の近所に全国大会への出場経験がある学校があったにも関わらず、人工芝での練習に魅力を感じ、五條高への入学を決めた。

 環境の良さとともに五條高の魅力として挙がるのは、県内では珍しいドリブルを前面に押し出したスタイルだ。指導するのは、五條高に赴任して20年目を迎える吉岡一也監督(63歳)。

 高校サッカー選手権優勝の経験を持つ野洲高校(滋賀県)や、同準優勝を経験している久御山高校(京都府)のドリブルサッカーの源流を作り、FW前田俊介(現・沖縄SV)やMF阿部浩之(現・川崎フロンターレ)らを育てた故・中瀬古宣夫氏(元ディアブロッサ高田FCU-15監督)の下でサッカーを学んだ人物である。以前に赴任していた上牧高校では、「パス禁止」のドリブルチームを作り、全国大会に3回導いている。

 練習は他のチームと一味違う。放課後に行なう3時間の練習のうち半分は、3号球を使ったドリブル練習だ。コーンドリブルでボールタッチを磨くと、次に対人練習で相手をかわすための間合いを身体に染みつかせる。狙いについて吉岡監督はこう明かす。

「ドリブルは小学校からやっていないとうまくならないという人もいるけど、そうではないと思う。高校生でもたくさんボールを触れば上達できる。うまくなれば自分に自信が持てるし、心に余裕が生まれればプレーに余裕が生まれる」

 試合では指示を飛ばすが、選手の自主性を重んじて伸び伸びとプレーしてもらうために、練習では選手の動きに口を挟まない。楽しみながらも懸命にドリブル練習に励む選手を見守る姿は、学校の立地も相まって、さながら”山奥にいるドリブルの仙人”といったところだろうか。 

 選手の多くが入学してからの成長を口にするように、実際に育成面でのメリットは大きいが、五條高に来た当初、吉岡監督はドリブルスタイルを封印していた。「就任するまでは初戦敗退が続いていたチーム。五條高の名を広めてより良い選手に来てもらうために、短期で結果を出せる蹴るサッカーを選んだ」(吉岡)ためだ。

 しかし、定年が間近に迫ってきてからは自身の悔いを残さないために封印を解き、2013年度の高校サッカー選手権予選からは4年連続で奈良県の決勝まで進んだが、いずれも惜敗となった。

 迎えた2017年度は、指揮官が理想とする「ドリブルをテクニックとメンタルを兼ね備えたチーム」ができたため、吉岡監督は周囲に対してきっぱりと公言した。

「赴任してからインターハイには行けたけど、選手権は一度も行けていない。何とかチームを選手権に出してから辞めようと思っていたけど、それは自分にとっての言い訳になっていたかもしれない。今年のチームで負けたら、監督を降りる」

 自らを追い込んで高校サッカー選手権予選に挑んだものの、大会直前にキャプテンが足を骨折。大会が始まってからも主力2人が負傷したため、チーム状態が万全ではなく、準々決勝で涙を飲んだ。

 宣言どおり吉岡監督は指揮官の座を退き、2018年度は総監督としてBチームの指導を行なったが、選手権出場にかける想いはおさまらず今年に入ってから監督に復帰。前年度から主力が8人も残るため今年はチームとしての完成度は高く、奈良県1部リーグでも快調に白星を重ね、上位争いを展開した。

 吉岡監督は手応えもあったため、インターハイは選手権への通過点と考えていた以前の考えを改め、今年は全力で夏の全国大会出場を目指した。

 思考を変えれば、不思議と心境も変化する。これまでは試合前になると選手以上に吉岡監督が力んでいたが、今回のインターハイ予選は「(以前なら)試合前日夜や当日の朝は、試合に勝つためにミーティングで何を話そうかなど、頭がサッカーのことでいっぱいになるけど、今回はそうならなかった。負けるなんて一切考えず、自分自身がいちばんリラックスしていた」と言う。 

 自然体を貫いた指揮官の姿は選手にも伝染し、緊張感のある試合でも普段どおりの実力を発揮した。吉岡監督が「ドリブルは料理で言えばあくまでスパイス」と話すとおり、テンポよくパスをつなぎながら要所で持ち味であるドリブルを活かすスタイルが牙を剥き、順調にトーナメントを勝ち上がった。



「うまくなれば自分に自信が持てる」とドリブル指導に力を入れてきた吉岡監督

 迎えた決勝でも、これまで幾度となく全国行きを阻まれてきた一条高に4-0で快勝。守備面でも5試合を1失点で終えて、長らく閉ざされていた全国への扉を開いた。
 
 インターハイでは厳しい戦いが待ち受けるはずだが、奈良の山奥ですくすくと育った選手は想像以上に頼もしい。前評判を覆す可能性は十分にあるはずだ。