礼に始まり礼に終わる、そして、文武両道。それが川越東高校・少林寺拳法部の姿だ。 身体能力が高く、キレがあり、バランスが良い。形を演じれば天下一品、埼玉県内の強豪校としても認知されている。そんな川越東高校・少林寺拳法部に今春、小さな暗雲が立…

礼に始まり礼に終わる、そして、文武両道。それが川越東高校・少林寺拳法部の姿だ。

身体能力が高く、キレがあり、バランスが良い。形を演じれば天下一品、埼玉県内の強豪校としても認知されている。そんな川越東高校・少林寺拳法部に今春、小さな暗雲が立ち込めていたらしい。

埼玉県内の私立男子高 川越東高校

「実は、廃部の危機に直面していたんですよね」

20年以上もの歳月を少林寺拳法部に費やしているという顧問の深野先生は、さらりと話す。

部員不足が原因で学校側から廃部の可能性を示唆された今春、強豪校に激震が走った。少林寺拳法の大会に出場するには、6名の部員が必要だ。しかし、2019年春の時点で三年生が4名、2年生が2名。6名ギリギリでしか部活が運営できない状態だった。

その少林寺拳法部の廃部危機を救ったのは、新入生部員たち。春には、なんと20名近くの新入部希望者が訪れたのだという。7月中旬、蒸し暑い体育館のなかで部の様子を伝えてくれた深野先生の表情は、笑顔だ。

廃部の危機に直面した際も、どっしり構えていたらしい。

「まぁなんとかなるだろう、って思ってました(深野先生)」

スポーツブルが校舎を訪れたのは、インターハイ直前のとある1日。

夏の練習は朝9時から夕方5時まで行われる

連日、朝9時から夕方5時まで、部員全員で練習を行い、鍛錬していた1日だった。礼に始まり礼に終わり、大きな声を出し、形や演武に磨きをかける。決して楽な練習ではなく、汗だくで同じ動作を繰り返す。

「こんにちは!よろしくお願いします!」

大きな声で部を牽引していたのは、主将を務める3年生・神嵜(かんざき)選手だった。そして、神嵜選手とは異なる個性を持つ存在、2年生・吉田選手もまた、部内外で定評のある実力派高校生アスリートなのだという。

そんな2選手にカメラを向けると、途端に高校生らしき笑顔や言葉が飛び出した。

「少林寺拳法ポーズ、ってこれで良いですかね?(神嵜主将)」

「やっぱり、これかな?これじゃない?(吉田選手)」

「急にポーズっって、俺なんか考えとけばよかった!難しい笑(神嵜主将・吉田選手)」

(写真左)主将を務める神嵜選手(写真右)ムードメイカーの吉田選手

とびきりの笑顔で汗だくになりながら部活動のエピソードを語ってくれた吉田選手、その隣で、うんうんと頷く神嵜主将との関係性。実は、その光景こそが部全体の強さや内に秘められた個の能力なのかもしれない。

極端に例えるなら、彼らには厳しい上下関係というものが存在しない。なぜなら上級生の取り組みや努力は、下級生が見様見真似で自然と継承してしまう環境だから。

自身を部内のムードメイカーだと話す吉田選手は、ユニークなキャラクターが印象的だ。高校入学時から少林寺拳法に勤しみ、高校生活の中で競技の魅力にどっぷりと漬かった。部員同士の絆が重要であることも、毎日の鍛錬を通じて経験した一人だ。

「吉田選手は高校から少林寺拳法を始めましたが、部内でも相当面白い生徒ですね(深野先生)」

吉田選手だけでなく、部員たち全員の個性を重んじている深野先生の言葉が印象的だった。

「部活の主役は、選手たちなんです。個性もそれぞれですから」

吉田選手から明かされた部活動のエピソードも興味深い。

「もう大会で結果が伴わなかった帰り道のバスの中とか、もう皆ながどよーんってなります。実は、僕自身もシーンとしちゃいます。僕がムードメメイカーなんで、こうなんとかしようとするんですけど、難しいですね。そんな時は、あぁ次こそは!って思いますね。」

真っ直ぐに、そして、ただひたすらに、黙々と少林寺拳法に向き合う日々を過ごす彼ら。彼らが戦いを挑む“敵”は“自分自身”なのだ。

「部員全員、自分自身に負けず嫌いだと思います!(吉田選手)」

そして、競技の魅力も語ってくれた吉田選手。

「自分自身で頑張った分が返ってくる、それが嬉しいです」

彼らの強さは、己から滲み出る人間力。そして、己との戦いにこだわる執着心だ。

川越東高校・少林寺拳法部の主将を務める神嵜選手は、三段の実力者。三段に辿り着くためには、技術や体力面の他に筆記試験などの難関をクリアしなければならない。

「自分に負けるのは、大っ嫌いです!(神嵜選手)」

全ては、自分自身に打ち勝つため。辛い練習を乗り越えるには、強靭なメンタルも重要となり、そしてそのルーツは、競技への愛へと繋がっていく。

「少林寺拳法が好きだからです。特に、オンとオフの切り替えが魅力的ですね」

神嵜主将の言葉に耳を傾けていると、少林寺拳法という競技に哲学的な魅力すら感じてしまう。

体育館の本棚には書籍も 文武両道の証か

川越東高校は、日々鍛錬し虎視眈眈と勝利を目指す。

少林寺拳法という競技は、演武を競うため練習試合や対外試合・模範大会などはない。全ては一発勝負の大会で、自分自身と向き合うのみ。静かなる闘志を燃やす競技、とでも例えよう。

彼らが通う学び舎は、自然あふれる大地に最高の環境を整えている。

そのため、登下校に必要なスクールバスの時間が限られており、朝練はほとんどない。部活動は、毎日夕刻にそれぞれ練習を終え、きっちり19時には帰宅する。勉学に勤しむ時間もたっぷり確保されているようで、部活ばかり、勉強ばかり、といった極端なスケジュールは存在しない。

生徒たちは、そのオン・オフの切り替えを高校生活の全てに置き換えているらしい。勉強も部活も楽しみながら、毎日の鍛錬を続ける。

スポーツや音楽の分野でも好成績を残し、地元で有名な進学校であることにも注目したい。

川越東高校の学び舎には活気があふれている

学校全体の風通しが良く、勉学との両立を含め、競技への向き合い方が現代的だ。

そして川越東高校・少林寺拳法部には、今もなお多くの卒業生が訪れる場所であることも特筆しておきたい。廃部の危機を救った新入生の新しいチカラは無限大の可能性を秘めている。

7月のとある日、朝の校舎を訪れると活気が溢れていた。

まずは、挨拶。校内をすれ違う生徒が全員「こんにちは〜」と声を掛け合っていた。ハイタッチを交わす者も多く見受けられた。校舎では、部活で汗を流す者、学食で賑やかにランチを楽しむ者、夏期講習のテキストをさらりと広げている者、その様子は三者三様だった。

練習の合間に過ごす学食での時間が楽しみと話す部員も多い

インターハイでの少林寺拳法競技は、2019年8月2日から8月4日の三日間、宮崎県宮崎市を舞台に行われる。

男女ともに、単独演武・組演武・団体演武の3種目が行われる。空手の組手のように、相手と戦って勝敗を決める試合ではなく、演武というのは文字通り少林寺拳法の技を演じるもの。

単独演武では、一人で突き・蹴り・受けという基本的な動きを行い、組演武は、2人1組になってあらかじめ決められた攻撃や受けを演じる。団体演武では、6人が1組となって、単独演武と組演武を組み合わせたものを演じる。

勝敗は5名の審判員が行う採点で決められ、技術度は正確さ、表現度は「構成・リズム・節度」「体構え・立ち方・美しさ」「気迫・気合・冴え」「調息・目配り・残心」の4項目が採点ポイントとなる。特に組演武は、日頃の練習の成果が現れることから、見どころも多い競技だ。

この少林寺拳法が全国高校総体の競技種目に加わったのは、2014年から。過去大会を振り返ってみると、少林寺拳法の魅力とシンクロしているように感じてしまう。競技とインターハイを繋げた2014年の大会名称をここで改めてご紹介したい。

「君の汗 輝く一滴 勝利の滴(しずく)」平成26年度全国高等学校総合体育大会(インターハイ)煌(きら)めく青春 南関東総体2014

「君の汗 輝く一滴 勝利の雫」をスローガンに、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県の南関東ブロック4都県で開催された大会は、高等学校教育活動の一環として行われ、インターハイの名で親しまれた。地区予選を勝ち抜いた精鋭が全国から集まり、熱き戦いを繰り広げられている。

あれから5年の月日が経ち、2019年の夏もインターハイはやってくる。今大会のスローガンは「響かせろ 我らの魂 南の空へ」

彼らの学び舎近くの駅に興味深い看板を目撃した。そこには「魂」という言葉と「文武両道」という言葉が描かれていた。

一見すると、ややおとなしそうに見える川越東高校・少林寺拳法部のメンバーたち。しかし、それは間違いだ。常にオンオフを切り替え、戦いに備える彼らの静かなる闘志。川越東高校こそ、2019年のインターハイで最も警戒しなければならない相手だろう。

取材・文/スポーツブル編集部

撮影/運動通信社

全国大会出場の部活動も多い