三塁側スタンドでオレンジのメガホンが揺れ、チャント『ぶちかませ、いてこませ』の独特なメロディと指笛がこだまする。大…

 三塁側スタンドでオレンジのメガホンが揺れ、チャント『ぶちかませ、いてこませ』の独特なメロディと指笛がこだまする。大船渡のライトを守る三上陽暉の視界には、自然と三塁側・盛岡第四スタンドが盛り上がる様子が嫌でも入ってきた。

「サヨナラになりそうな場面でしたし、相手の応援がすごかったです」

 岩手大会4回戦、大船渡と第2シードの盛岡第四の一戦は思いがけない展開になった。大船渡は初戦から3試合連続で先発登板となった佐々木朗希が快調に0を重ね、盛岡第四の先発右腕・菊地芳の前に封じられていた打線は6回表に2点を先取。このまま試合は終わるかに思えた。



盛岡第四戦で延長12回、194球を投げた大船渡のエース・佐々木朗希

 しかし、9回裏に盛岡第四は猛反撃する。先頭の4番・畠山航輔が四球を選び、5番の黒渕怜がライト線を破る痛烈な二塁打。無死二、三塁から横山慶人が佐々木の159キロのストレートを弾き返すと、ショート右をわずかに抜ける同点2点タイムリーヒットになった。三塁側スタンドの熱狂は最高潮に達した。

 盛岡第四は6月26日の抽選会の結果を受けて、大船渡と対戦することを見越して準備を進めていた。及川優樹監督は言う。

「日本で一番いいピッチャーに挑戦するつもりで、速いボールの対策をしてきました。ピッチングマシンで速いボールを練習することはもちろんですけど、速いスライダーでカウントを取りにくることもわかっていました。変化球はワンバウンドになる球を見極めて、ストライクゾーンにくる球を打ちにいく。6番の横山を含めてとくに中軸の選手たちは成長を見せてくれたと思います」

 盛岡第四は春の岩手県大会準優勝チームだ。春の県大会準決勝では、強豪・盛岡大付を3対2で破った実力がある。

 2番を打ち、第1打席では極端にスタンスを広げる変則打法で佐々木を惑わせた高見怜人は言う。

「実際に対戦してみて、スピードにはついていけました。スライダーも食らいつくイメージでいけば、ヒットにできたので」

 9回裏、横山の同点タイムリーが飛び出したあとも盛岡第四のチャンスは続き、二死満塁で高見が打席に入った。及川監督は「高見は速いボールを運ぶスイングができて、花巻東の西舘(勇陽)くんからホームランを打ったこともあります」とサヨナラ勝ちへの期待を込めて送り出した。

 しかし、カウント1-1からの3球目、高見がとらえた打球はレフトへの力ないファウルフライになった。高見は佐々木の速球をそれほど速いとは感じなかったが、あることに気づいていた。

「スピードにはついていけたんですけど、ボールによって伸びが全然違うんです。とくに高めのボールはスピン量があって、伸びを感じました」

 いくら佐々木が超高校級の怪物とはいえ、まだ1球ごとの精度にはムラがある。同じ150キロ台の球速が出ていても、打者にとって打ちづらく感じる球とそうでない球があるのだ。延長10回裏には、3番の岸田直樹が128キロのスライダーをとらえ、レフトポール際へもう少しでサヨナラホームランという大飛球を放った。この場面を含め、大船渡の夏の終わりを覚悟させるようなシーンが何度もあった。

 最終的には延長12回表に佐々木がライトポール際に勝ち越し2ランホームランを放ち、その裏を佐々木が3者連続三振で抑えて大船渡が死闘を制した。

 試合終了後の整列で佐々木と抱き合ったのは、先発して7回1失点と好投した菊地である。菊地は少年野球時代に佐々木と投げ合い、その際は1対1の同点で抽選の末に勝利した経験があった。

「お前らなら絶対に甲子園に行けるから、公立高校の代表として絶対に甲子園に行けよ!」

 そう語りかけた菊地に、佐々木は「ありがとう。絶対に行く」と返したという。試合後、菊地は晴れやかな表情で佐々木への思いを語った。

「朗希は小学校の頃から背も高くて細かったけど、とにかく『球が速い』というのが第一印象でした。ヒザから下が長い体型も昔から変わらないですね。あらためて球の速さ、変化球、キレ、スタミナ。どれをとってもやっぱり違うなと思いました」

 試合後、佐々木は疲れた様子も見せずに報道陣の前に現れた。

「負けたら終わりなので、プレッシャーもあったんですけど、そのなかで勝ち切ることができたのでよかったです」

 いつもどおり言葉少なではあったが、主催者側が用意したイスに座ることなく、直立して報道陣の受け答えに応じた。

 心配されるのは、延長12回、194球を投げ切った佐々木の体の状態だ。今日には準々決勝・久慈戦が控える。大船渡の國保陽平監督は佐々木の連投の有無について報道陣から問われると、こう答えた。

「当日のコンディションを見て決めます。本人の自覚、疲労度がどの程度かマッサージを受けたうえで。たとえばヒジが上がらないようでは、使えませんから」

 國保監督は筑波大出身でスポーツ科学を学んできている指導者である。投手の故障予防については専門家の意見を取り入れながら、慎重を期してきた。

 たとえば、故障の原因=投球数と安易にとらえられがちだが、ほかにも原因になりうる要素はある。体に負担がこない投球動作の追求、投球強度のコントロール。そうしたことを佐々木が入学した頃から意識させ、取り組ませてきたのだ。國保監督はこうも語っている。

「岩手大会が最後の5日間で4試合を戦わなければならないということは、前任校(花巻農)にいた時からわかっていました。佐々木たちの代は1年生の頃からそれを乗り越えるためにやってきたつもりです。出力を落として、いいフォームで投げるということです」

 とはいえ、現実的に考えれば連投は考えにくい。盛岡第四戦ではブルペンでキャッチボールをしていた大和田健人、和田吟太ら控え投手がカギを握ることになりそうだ。

 また、盛岡第四戦では守備中にファーストの今野聡太が負傷退場した。國保監督は「病院の診察はこれからなのでわかりませんが、(筋を)伸ばしたのかもしれません」と心配そうな表情を見せた。エース・佐々木だけでなく3番を任される今野までも欠くとなると、大きな痛手になるだろう。

 大船渡が甲子園に行くことを考えれば、死闘の代償は大きかった。だが、この死闘を越えなければ次に続く道には進めなかった。

 盛岡第四の及川監督は最後にこう語っていた。

「佐々木くんの落ちる球は高校生には見極められないと思います。でも、まだ高校生なので流れに抗(あらが)うという部分ではこれから伸びていくのでしょう。短いイニングで集中打をするのが、唯一の勝ち目なのかなと感じます」

 はたして、盛岡第四戦が佐々木にとって今夏最後のマウンドになってしまうのか。それとも、信じられないような伝説が待ち受けているのか。