短期集中連載:松田丈志のなるほど『世界水泳』第1回 明日から7月28日まで8日間の日程で世界水泳、競泳競技がスタートする。ここでも何度か話して来たが、五輪前年の世界選手権はとても重要だ。個人メドレーの種目でメダル獲得が期待される大橋悠依…
短期集中連載:松田丈志のなるほど『世界水泳』第1回
明日から7月28日まで8日間の日程で世界水泳、競泳競技がスタートする。ここでも何度か話して来たが、五輪前年の世界選手権はとても重要だ。
個人メドレーの種目でメダル獲得が期待される大橋悠依
そのポイントは2つ。
1つは、五輪前年の世界選手権からギアを上げてくる海外勢が多いことだ。海外選手の実力者の多くは、4年プランで強化を進めており、五輪前年となるこの年からギアを上げてくる選手が多い。そのため来年の勢力図を想定する上で重要な大会となる。
2つ目のポイントは、本大会での結果が来年の目標設定に大きく影響を与える点だ。海外勢がギアを上げてくる本大会での結果は、来年の東京五輪で選手が思い描く最高到達点に影響を与える。例外もあるが、今年決勝に進めなかった選手が、「来年の東京五輪で金メダルを狙います」「メダルを狙います」とは、なかなかならないだろう。やはり、今年ある程度の結果をだすことによって、実感を持って来年の目標を具体的に抱くことができる。
その重要性を裏付ける数字がある。2001年以降に行なわれた、オリンピック前年の世界選手権でメダルを獲得した日本選手は、翌年のオリンピックで「4人に3人」、つまり75%の確率で五輪メダリストになっている。この数字だけを見ても今年の世界選手権がいかに重要かがわかる。
そんな重要な大会の見所を、1日ずつ見て行こうと思う。
21日。大会1日目の見所は、何と言っても男子4×100mフリーリレー。この種目はこれまで日本が五輪、世界水泳ともに一度もメダルをとったことがない種目だ。今大会のメンバーは、過去最強が揃ったと言っていいだろう。
今シーズン50m自由形で日本記録を更新している塩浦慎理、100m自由形の日本記録保持者の中村克、200m自由形個人でもメダルが狙える所まで成長して来た松元克央、さらに初代表の難波暉(あきら)。彼らがそれぞれベストの泳ぎをすれば、メダル圏内まで突入できる可能性はある。
記録的には、3分12秒54の日本新記録を約1秒更新できればメダル圏内だ。一人あたり0.25秒。これは簡単な数字ではないが、今の彼らならやってくれるかもしれないと期待を抱いている。その理由は、彼ら自身が自分たちに可能性を感じているからだ。お互いをリスペクトし合い、チームワーク力があがって来ている。勝負を大きく左右する引き継ぎ練習もアドバンスステップという新たな引き継ぎ技術の習得を4月から入念に行なっている。
2016年のリオ五輪、男子4×200mフリーリレーで日本は萩野公介、江原騎士、小堀勇氣、私とで銅メダルを獲得したが、その時リレーメンバー内にあったのは、お互いをリスペクトする気持ち、自分のやるべき事をやる事、更に「自分たちならやれる」という気持ちだった。今の彼らには実力と共にそれらが備わって来ていると感じる。
4×100mリレーは、男女ともに初日に決勝が行なわれる。トビウオジャパン全体に勢いをつける泳ぎを期待したい。
22日。大会2日目。この日はメダルが期待できる種目が2つ。男子100m平泳ぎの小関也朱篤(やすひろ)、女子200m個人メドレーの大橋悠依と大本里佳だ。
小関は、今大会200m平泳ぎの代表権を逃しており、この種目とメドレーリレーにかける。200mがない分、100mに集中しスピード強化に特化して調整することができた。
本人も速いテンポの中で搔き急がないストロークを意識してトレーニングして来たという。予選、準決勝、決勝と泳ぎを安定させながら、タイムを上げていけるかが鍵となる。
58秒中盤から前半がメダルラインだろう。
大本は、初の世界選手権代表だが、今シーズン世界ランキング3位のタイムを持っており、大橋悠依と共にメダルが期待できる。
彼女がこの大舞台でどれほど自分の力を発揮できるかは未知数だが、周りに経験豊富なチームメイトやコーチングスタッフがいるので、うまくセルフコントロールしてレースに挑んで欲しい。決勝まで駒を進められればメダルの可能性は大いにある。彼女は今大会、個人種目、リレー種目と多くのレースに挑む。緊張している暇もなくレースが続くはずだ。大会が終わったときには、この大舞台も自分のフィールドとなっている事だろう。大橋悠依も前回大会に続くこの種目でのメダル獲得に期待がかかる。
23日。大会3日目。注目は男子200m自由形の松本克央だ。成長著しく、世界選手権でこの種目、日本初のメダル獲得の期待が高まる。今シーズンは冬場に肩の故障でトレーニングのスタートが遅れた中、4月の日本選手権では自己ベストを更新しており、まだまだ伸びしろは十分だ。名伯楽の鈴木陽二コーチのもと、高地トレーニングも遂行しており、その成長具合によっては一気にメダル圏内までいく可能性はある。萩野公介が持つ1分45秒23の日本記録近くのタイムで、決勝で泳ぐことができればチャンスありだ。
男子100m背泳ぎ決勝にも注目したい。ロンドン五輪で3つのメダルを獲得した入江陵介が出場予定だ。この種目でのメダル獲得もだが、入江選手の仕上がりは男子メドレーリレーにも大きく影響する。大ベテランの仕上がり具合に注目したい。
24日。大会4日目の注目は、男子200mバタフライだ。日本が得意として来た種目に瀬戸大也が挑む。最終日の400m個人メドレーで金メダルを狙う瀬戸は、この種目で前回大会同様にメダル獲得を狙う。自己ベストとなる1分53秒台に突入できるかどうかがポイントだ。ハンガリーの新星クリストフ・ミラークが、どの程度のタイムで泳ぐのかも注目だ。
25日。大会5日目。男子200m個人メドレーでは瀬戸大也に、連日のメダル獲得が期待される。世界選手権でこの種目のメダル獲得はない瀬戸だが、4月の日本選手権では自己ベストを更新しており、1分56秒前半まで行けばメダルの可能性は十分だ。アメリカのチェイス・カリシュ、オーストラリアのミッチェル・ラーキン、中国のオウジュンあたりがライバルとなる。
男子100m自由形決勝では、この種目日本人選手初の決勝進出の期待がかかる。
4月の日本選手権で、50m自由形で自己記録を更新した塩浦慎理。100mの日本記録を持つ中村克の両方に可能性がある。予選から激戦のこの種目は、高い強度のレースを繰り返せるタフさがポイントとなる。
女子200mバタフライでは、長谷川涼香に注目。リオ五輪では準決勝敗退、前回の世界選手権では決勝進出と少しずつ力をつけて来ている。決勝で自己ベストの2分06秒00あたりで泳げればメダルのチャンスはある。
26日。大会6日目。この日最大の注目は、渡辺一平の200m平泳ぎだ。世界記録保持者の彼は、今世界で一番速い記録を持っている選手だが、最大のライバルであるロシアのアントン・チュプコフには直接対決では連敗中だ。チュプコフは後半のスピードに絶対的な自信を持っており、「どんなレースパターンになっても最後に逆転できる」と思っている。その自信がある限りチュプコフには余裕を持って泳がれてしまう。渡辺からしたら「前半からリードを奪っていかないと勝ち目はない」というプレッシャーになるからだ。
この現状を打破する為、渡辺も今シーズン様々なレースパターンを試して来た。本番の決勝レースでどんなレースパターンで挑むかは、本人、そして指導する奥野景介コーチのみぞ知るところだが、予選、準決勝と見ていく中で、勝つとしたらこのレースパターンだ、というのが見えてくることだろう。渡辺本人は「準決勝で相手にプレッシャーをかけるレースをしたい。タイム的には2分5秒台を目指したい」と言っている。実力者揃いのこのレースで渡辺が勝ちきれるのか注目だ。
松元克央、江原騎士、吉田啓祐、髙橋航太郎のメンバーで挑む男子4×200mフリーリレーにも期待したい。
27日。大会7日目は、決勝のレースに何人進められるかに注目したい。男子50m自由形の塩浦慎理、中村克。男子100mバタフライで初代表の水沼尚輝。さらに女子200m背泳ぎの酒井夏海、白井璃緒。これらの種目で決勝進出ができれば、日本チームに勢いをつける事になるだろう。100mバタフライの水沼尚輝は、最終日の男子4×100mメドレーリレーでも重要な人物だ。
28日。大会最終日。何と言っても男子400m個人メドレーの瀬戸大也に注目だ。今回の日本代表でもっとも金メダルに近い種目だと思う。最大のライバルで前回大会覇者のチェイス・カリシュが今シーズンまだ良いタイムで泳いでないが、今大会で一気に状態を上げてくる可能性はある。
しかしながら、瀬戸のモチベーションの高さには感服する。彼はすでに世界選手権で2度頂点に立っているが、ここ数年これまで以上に「できることは全てやる」という気概を持って取り組んで来ている。そこにはリオ五輪で金メダルに届かなかった悔しさと、東京五輪にかける思いが詰まっている。本人も「自分の泳ぎができれば勝てると思う」と語るほど充実の時間を過ごして来ている。
今大会で金メダルを獲得すれば、来年の東京五輪出場が内定する。これは簡単な事ではないが、その最有力候補は瀬戸だろう。
女子400m個人メドレーの大橋悠依にも注目だ。日本選手権では思い通りの泳ぎができずに涙を流す場面もあったが、5週間に及ぶ長期の高地トレーニングでどこまで仕上げて来たかがポイントとなる。この種目の女王カティンカ・ホッスーにどこまで迫れるか期待したい。
入江陵介、小関也朱篤、水沼尚輝、中村克が出場する男子の4×100mメドレーリレー決勝もメダルの可能性はある。メンバーたちの間では日本記録を更新し、「3分29秒台で銀メダル」が目標と話しているという。2013年以降メダルが取れていない種目だけに「日本復活」に期待したい。
いよいよ明日開幕する世界選手権。ここに日本選手を中心に見所を記しただけでもワクワクするレースがたくさんあるが、この他にも世界トップスイマー同士の熾烈な戦いが待っている。私も連日会場に足を運び、その状況をレポートして行きたいと思う。