日本代表が2016年リオパラリンピックで銅メダル獲得、2018年世界選手権を初制覇し、2020年東京パラリンピックへの期待も高まる、車いすラグビー。

 ドン、グワッ、ガガン--。初めて観ると、まずはその衝撃音に圧倒される。「ラグ車(しゃ)」とも呼ばれる、競技用車いすでのタックルが認められているので衝突は当たり前。ときには転倒やパンクさえある。



女性選手としてではなく、ひとりの選手として活躍したいと語った倉橋香衣

 一方、4人制のチーム競技なので、緻密な戦略に基づいた連係プレーも不可欠。激しさと巧みさが相まって見ごたえあるスポーツだ。

 意外に知られていないのが、男女混合の競技であること。「日本代表初の女性選手」として存在感を放つのが倉橋香衣(かえ/株式会社商船三井)だ。コートの外では周囲を和ます笑顔とおっとりした話しぶりで柔らかな印象だが、プレー中はキリっと真剣な表情でコート全体に目を配り、車いすを操る。

 リオ大会後から代表を指揮するケビン・オアーヘッドコーチ(HC)によって見いだされ、2017年から代表に名を連ねている。

 車いすラグビーには、「肝」とも言える「持ち点制ルール」がある。選手には下肢と上肢に何らかの障がいがあるが、その程度や運動機能などによって7段階に分けられ、最も程度が重い0.5点から最も軽い3.5点まで0.5点刻みの持ち点がそれぞれに与えられる。

 コート上の4選手は持ち点の合計を8.0点以内で編成しなければならない。ただし、女性が加わる場合は1名につき合計点が0.5点プラスされる。

 持ち点0.5点の倉橋が入ったラインナップでは、上限が8.5点となり、チーム編成の幅が広がった。

 代表入りから約2年。オアーHCは、「彼女は(車いす)ラグビーへの理解度を深めている。東京2020大会ではキープレーヤーになるだろう」と話し、評価をさらに高めている。

 だが、当の倉橋は、「まだまだ課題ばかり」と話す。「試合展開によって求められるプレーは違います。どんな展開でも対応できるように、すべてを伸ばしたいです」

 子どもの頃から体を動かすことが大好きだった倉橋は、いつも目の前のことに一生懸命だった。小学校から始めた器械体操は、「怖がり屋なので練習は苦手だったけど、技が一つひとつできるようになることがうれしかった」

 高校まで夢中で続けたが、新たなチャレンジをしようと大学ではトランポリン部に入った。あいかわらず怖がりだったが、空中でくるくる回るのは楽しかったと言う。

 3年生になったばかりの大会で決勝直前の公式練習中、ほんの少しタイミングがズレてしまい、頭から落下。首の骨が折れ頚髄を損傷する大ケガで、胸から下にまひが残った。動くのは腕と肩から上だけ、握力もほとんどなくなったが、周囲の心配をよそに、「やってもうた、とは思ったけど、ドンって落ち込むことはありませんでした」と振り返る。

 一日も早く復学し、友だちとまた楽しい時間を過ごしたくて、とにかくリハビリに励んだ。ベッドで上半身を起こすことから始まり、少しずつできることが増えていくのが楽しかった。

 車いすラグビーに出会ったのは、リハビリも終盤に入った頃。自立生活訓練を受けたセンターで誘われ、見学して驚いた。

「えっ? 車いすでぶつかっても、いいの?」

 車いす生活になって以来、「気をつけて」「危ないよ」と言われ、車いすの乗車には自ずと慎重になった。でも、ラグビーでは衝突も転倒も当たり前。我慢する必要はない。その「非日常感」に一瞬で心を奪われた。

 日本代表も多数所属する強豪チームのBLITZ(ブリッツ)に入り、初挑戦のラグビーと向き合った。技術や戦術を教わり、頭の中でイメージしたプレーを実戦の中で試す。

「なるほど、こういうことか~」

「できた!」

 手ごたえを一つひとつ積み重ね、少しずつ自信に変わっていく毎日が楽しかった。

 車いすラグビーでは各選手が役割を持つ。倉橋のように持ち点の小さいローポインターは主に守備を担う。攻撃を担う持ち点の大きなハイポインターがボールを運びやすいように相手選手をブロックして道を作り、スペースを空ける。



ローポインターとしての役割をしっかりと遂行する

 日本代表にも選ばれ、求められるプレーの幅も広がり、精度も求められる。今の目標は守備のスペシャリストとして、チームに貢献することだ。例えば、もし、自分より持ち点の大きなハイポインターをブロックできれば、チームはさらに有利になる。

 狙った相手を確実に止めるには、後ろから追いかけたのでは間に合わない。相手の動きを読み、先回りすることが必要だ。「私はただでさえ動きが遅いのに、迷ったらなお遅くなる。私が迷えば、周りも迷う。ここと決めたところに先回りする。その判断を早く正しくできるようになりたい」

 東京大会も近づき、車いすラグビー人気の高まりに伴い、チーム唯一の女性である倉橋への注目も高まっている。「競技のPRや女性への普及」を意識し、取材にも臨んでいるが、複雑な思いもあるという。

「男女混合なので、コートに女性選手がいるのは当たり前。女性というだけで注目されるのは、正直、悔しいです」

 2017年12月、女性選手の強化を目的に女性だけの大会がパリで開かれ、倉橋をはじめ、世界各地から約40名が参加した。女性しかいないコートは違和感があり、スピードやタックルの強さも男性選手とは違っていた。だが、「ラグビーが好き」という気持ちや、パスの正確性やポジション取りのうまさなど、それぞれの個性を生かしたプレーや試合運びには、「男女差はない」と感じたという。

 だからこそ、「女性だから」でなく、「倉橋だから」と起用される選手になることを目標に置く。持ち点0.5点の選手として役割をしっかり果たせる選手となり、「ただいるだけでなく、チームにプラスとなる選手になりたい」と意気込む。

 今年10月には東京で初開催される国際公式戦、「車いすラグビーワールドチャレンジ2019」が控える。日本をはじめ、世界ランク上位から8チーム(オーストラリア、アメリカ、日本、カナダ、イギリス、フランス、ニュージーランド、ブラジル)が顔をそろえる予定で、「パラリンピック前哨戦」とも言われる重要な大会だ。

「こんな大きな大会を、日本で戦うのは初めての経験なので楽しみ。まずは、しっかりメンバー入りできるように課題を一つずつ克服したいです」

 どんなときもただ前を向き、できることを増やしてきた倉橋。「0.5点の選手」として確かな自信を持てたとき、日本代表の戦力はさらなる厚みを増すことになる。