伝統ある日本プロゴルフ選手権で、石川遼は2016年のRIZAP KBCオーガスタ以来、3年ぶりの優勝を果たした。日本プロ選手権で優勝した石川遼『運』もあった。 最終日、17番ホールを迎えた時には、トップのハン・ジュンゴンに2打差をつけ…

 伝統ある日本プロゴルフ選手権で、石川遼は2016年のRIZAP KBCオーガスタ以来、3年ぶりの優勝を果たした。



日本プロ選手権で優勝した石川遼

『運』もあった。

 最終日、17番ホールを迎えた時には、トップのハン・ジュンゴンに2打差をつけられていたが、その17番でハン・ジュンゴンがティーショットを池に入れてダブルボギー。この時点で石川はトップに並び、そのまま勝敗の行方はプレーオフに持ち込まれた。

 プレーオフでも、石川の放ったティーショットのボールが、右サイドのカート道路を跳ねてフェアウェーの真ん中に出てきた。セカンドショットを打つ際、石川自身、「自分でもびっくりするほどの幸運を、必死に生かさなきゃと思った」と言う。

 そして、残り200ヤードのセカンドショット。5番アイアンで打った石川のショットは、見事なドロー弾道を描いてピン奥4mに止まるナイスショットだった。

 この一打を放った時の、石川の背中がすごかった。白いシャツの背中に斜めにねじれたシワが浮き上がり、充実した背中の筋肉が背中の起き上がりを許さず、飛球線の後方から見て、体全体が『く』の字を模していた。

 2016年以来、腰に不安を抱える石川にとって、この日の36ホールのラウンドはキツかっただろう。実際、36ホール目となる本戦の18番ホールのセカンドショットでは、フォローで体が起き上がって、グリーンはとらえたものの、ボールは狙いよりも右に飛び出していた。

 にもかかわらず、37ホール目となるプレーオフでのセカンドショットでは、見事に体の起き上がりを抑えて、ピンをさしてきたのである。石川が「運を生かす」と期して打った、この渾身の一打を支えた背中の充実は、2カ月前から始めたトレーニングによって充填されたものだった。

 今季の春先はとくに腰痛がひどく、石川自身にとって国内初戦となった5月の中日クラウンズでは、初日終了後に棄権を余儀なくされた。それから1カ月後、6月の日本ゴルフツアー選手権でツアーに復帰した石川は、「1カ月前からトレーニングを始めている」と明かした。その理由については、こう語っている。

「自分の体のことはわかっていないといけないし、これから(ゴルフを)長くやっていくなかで、(体のために)できることはやって、(ケガなどを)未然に防ぎたいという気持ちがある。ケガなどをしないだけでなく、(ゴルフの)パフォーマンスを上げていく意味でも、どんどん鍛え上げていかないといけないと思う」

 石川が15歳でツアー優勝を果たしてから、今年で12年。小学校に入学したばかりの子が、高校を卒業して成人するだけの期間が過ぎたことになる。男子の運動機能・能力は18歳~20歳辺りにピークを迎え、筋肉量は30歳辺りでピークになると言われているが、石川は体が複雑に変化するこの期間を、プロゴルファーとして過ごしてきたわけだ。

 私はこの時、「自分の体をわかっていないといけない」と言う石川に、自らの体がこの10年余りでどう変化してきたと認識し、今後どういう方向を目指すのか、聞いてみた。

 まず、体の変化についてはこう語っていた。

「中学時代に陸上部に入った頃って、意識していなくても臀部とハムストリングは発達していたんですよね。それが、高校に入ってゴルフ1本になって、徐々に衰えていたと思うんです。そうして、20歳くらいからは、走るとその次の日くらいから腰が痛くなることがあって、走ることを控えよう、ということになった。

 走ると痛い、(痛いから)怖くて走れない。その結果、筋肉が弱くなる、(体を)痛めやすくなる。さらに、走れなくなる。そういうスパイラルに陥って、(体の)後ろ側の筋肉が全体的にすごく弱くなっていたと思う」

 加えて、腰痛など自らの体に生じた不具合に関しては、こういう見方をしていた。

「高校1年生の時の自分のスイングは、ハムストリングとか、お尻の筋肉があったからこそ、できていたスイングだったと思う。それ以降も、その後ろ側の筋肉が弱くなってきているのに、(当時とずっと)同じスイングをしようとしていて、それに(体が)耐えられなくなったんだと思います。

 そういう意味では、体の筋肉のつき方も変わってきて、それでスイングも変わっていって、(ケガを引き起こす)引き金になっていたのかな、というのは感じましたね。(ここ数年間は)今まで、本当に手打ちみたいな感じになっていたんだと思います」

 今後の方向性、どのような体を作るトレーニングをしていくのかという点に関しては、石川は次のように語った。

「今も”走る”ということはやっていなくて、体の後ろ側の筋肉を鍛え直している段階なんですが、(トレーニングを始めて1カ月経った)今でもハムストリングはいまだ弱くなっているなって思いましたね、自分でも。

 たぶんこれから、体が変わってくれば、スイングも変わってくる。自分の理想のスイングというものが、体ありきなんだな、と思いました」

 ツアー選手権からさらに1カ月後、背中側の筋肉を鍛え直して臨んだ日本プロ選手権で石川は優勝を決めたが、この試合でもショットは千々に乱れて、体も、スイングもいまだ理想の域に達していないのは明らかだった。しかし、石川らしく「この幸運を絶対に生かす」といった気持ちの負荷を背中側の筋肉にもかけることで、ここ一番でピンをさす一打が打てるほど、腰も、体も仕上がりつつあることを証明した。

 そして、試合後のインタビューで石川はこう語ったという。

「10代の頃からは体も変わった。年月が経ったにもかかわらず、自分の体に対して傲慢さがあったというか、甘くみていたところがあった。今年、(中日クラウンズで)初めて試合を棄権したことが、自分自身ショックだった。それから2カ月くらいしか経っていないけど、いいトレーニングを積めて、日本プロで勝てることができた」

 ここから、石川遼の”第2章”が始まるのかもしれない。