コパ・アメリカ2019、決勝ブラジル対ペルー。チケットの値段が高く、空席の目立つ試合もあった今大会だが、自国の優勝…
コパ・アメリカ2019、決勝ブラジル対ペルー。チケットの値段が高く、空席の目立つ試合もあった今大会だが、自国の優勝をかけた試合は、さすがに巨大なマラカナンも超満員だった。
期待と不安の入り混じるスタジアムをぐるりと見やる。するとその時、ひとりの男の姿が目にとまった。彼だ。たぶん一緒にいるのは息子だろう。試合のあいだ中、彼はひと言も声を発することなく、ひっそりと成り行きを見つめていた。試合を見ていたのか、それともピッチの上に自分の動きを思い描いていたのかはわからない。
試合を観戦していたネイマールは静かで、終始不安そうだった。唯一、彼が笑顔を見せたのは、ブラジルが1点目のゴールを決めた時だ。なぜなら、この日のブラジルは見る者を不安にさせるような、そんなプレーをしていたからだ。ネイマールだけではなく、サポーターもハラハラさせられどうしだった。決勝戦は、かなり苦しい勝利だった。そしてネイマールもまた苦しんでいた。見ている者が苦しくなるほどに……。
彼の顔にやっと笑顔が戻ってきたのは、審判がタイムアップの笛を吹いた瞬間だった。笛とともにマラカナンには音楽が鳴り響き、7万人近いサポーターはいっせいに踊り出した。ネイマールも一緒に踊り、歌い出す。
「オー!カンペオン!ヴォルトウ!(チャンピオンが戻って来た)」

優勝トロフィーを掲げるキャプテンのダニエウ・アウベス photo by Watanabe Koji
そう、勝利はやっとブラジルに戻って来た。ブラジルがトロフィーを天に掲げたのは実に7年ぶりのことだ。これまでネイマールを中心にして作り上げてきたチッチ・ブラジルの初のタイトル。しかし、優勝したチームにネイマールはいなかった。
勝利を喜ぶネイマールの笑顔は、一見、屈託なさそうだったが、その裏には苦い思いが隠されていたはずだ。この10年のブラジルで一番の逸材と言われながら、ネイマールは代表で、何も勝ち取っていない。リオ五輪では金メダルを取ってはいるが、それはあくまでもU-23の戦いだ。ネイマールはもう27歳。選手として円熟した年齢に差しかかっている。だが、肝心な時に彼はいなかった。仲間たちが勝利を手にした今も、ネイマールは無冠のままだ。
本物のチャンピオンは、ネイマールの代わりにキャプテンマークを付けてプレーした36歳のダニエウ・アウベスだった。ダニ・アウベスはこれでプロ選手として勝ち取ったタイトル数が40となった。100年以上のサッカーの歴史で、プロの選手は何十万人といるが、これほど多くのものを手に入れた選手はいまだかつていない。
スペイン、イタリア、フランス、ブラジルの各国リーグ、チャンピオンズリーグ、そしてブラジル代表……。ダニ・アウベスは今回のコパ・アメリカのMVPにも輝いた。彼よりも若いビッグスター、リオネル・メッシ、エディンソン・カバーニ、ルイス・スアレス、セルヒオ・アグエロ、ハメス・ロドリゲス、フィリペ・コウチーニョなど、多くのビッグネームたちを抑えて、最優秀選手となったのである。
もうひとり、ブラジルの勝利に大きく貢献した選手がいた。大会前は誰も期待していなかった、レギュラーでさえもなかったエベルトン・ソウザ・ソアレスだ。決勝では先制ゴールを決め、3点目につながるPKを誘う大活躍だった。エベルトンはペルーのパオロ・ゲレーロとともに、3点を決めて大会得点王に輝き、最優秀新人選手にも選ばれた。
ダニ・アウベスとエベルトン、新旧2人の活躍が、この大会のブラジルを牽引していた。
しかし、先にも言ったように、ブラジルは決勝戦を含めてこの大会で、圧倒的な強さを見せていたわけではなかった。
グループリーグでは、ベネズエラ相手に最後の最後にどうにか引き分けに持ち込み、ボリビア戦は3-0で勝ったものの、サポーターにさえブーイングされる体たらくだった。準決勝も、けっしてアルゼンチンよりいいプレーはしていなかったし、審判によってひとつでもアルゼンチンのPKが認められていたなら(メッシの言うような買収はなかったとは思うが)、結果はどうなっていたかわからない。
なによりこのチームには、ブラジル人が愛してやまない美しいプレー――「ジョゴ・ボニート」がなかった。
7月のブラジルはバカンスシーズンだ。選手も監督もサポーターも、誰もがこの優勝の余韻を胸に、ビーチでのんびり過ごすことだろう。だが、バカンスから戻ってきた時、彼らは現実に直面するはずだ。
コパ・アメリカにはどうにか勝利した。しかし、この先のブラジルはどうなるのか。2022年W杯は? ダニ・アウベスは確実にいない。ネイマールは? 彼がいるからといって勝てるのか。そもそもネイマールが戻ってきたらどうするのだろう。コウチーニョはもう外せない。コパ・アメリカの得点王、エベルトンを外すのか。
客席から不安げに試合を見つめるブラジルのエース、ネイマールの姿は、ブラジルサッカーのこれからを象徴しているようだった。