Perfecta Naviをご覧の皆様、後閑信一です。
今回は先月に行われた久留米G3中野カップレースでの関東勢の走りを観て、私なりに思うことを書かせていただきたいと思います。

地元・久留米所属や九州勢の選手たちは数多くの久留米競輪場のファンの皆様の声援が凄く、いつも以上に頑張れていたのではないでしょうか?私も地元地区を走る時はそのような気持ちでした。何とか応援して下さるファンの皆様のご期待に応えたい!俺の庭だ!という高ぶる気持ちもありました。
地元・久留米や九州勢の盛り上がりを感じる中でも、連日、遠征組だった関東勢は自分のレースに徹したことで優勝戦には4選手も進出しました。勝ち上がりの準決勝では関東同士の木暮安由選手(群馬92期)と杉森輝大(茨城103期)選手が単騎、別線という選択肢を取りました。私は木暮選手と杉森選手の年齢や戦法の面で、木暮選手より杉森選手の方に戸惑いが(杉森選手の方が年上、トリッキーな動きの木暮選手のことを果たしてマーク出来るのか?木暮選手の前を走る自信は?)であったのではないか?と、推測。これはこれで、勝ち上がりに対して、仕方ない選択だったのではないかと思います。結果、木暮選手も杉森選手も決勝戦に勝ち上がりました。


選手たちも人間ですから、時間をかけて、よく話し合うことで、お互いに納得、解決できることは多々あります。ただ、現在は競輪界もネット時代に突入。選手たちはメディア(日刊紙や予想紙)へ一刻も早く、情報を提供して、並びやコメントを公表しなければなりません。レース後、間もなくして明日の番組が発表となります。ここにも競輪選手として大切な仕事があります。先行選手はメンバー表から同地区の選手がいれば「ラインの先頭で、自力で頑張りたい」という旨を伝え、後ろにマークしてくれる選手たちへ挨拶を済ませ、翌日に備えます。2番手、3番手、もしくは4番手につく選手たちは短い限られた時間の中で折り合い、並びを決めなければなりません。競輪選手は強く“孤独”である仕事だと私は思います。考え方も十人十色ですが……『競輪道』=永く競輪という仕事を勝ち抜いて、生きていくために必要な順序やマナーを無視して好き勝手なことをしてしまうと、辻褄が合わなくなってしまい、気がついた時には“孤独”がいつの間にか“孤立”に変わってしまう。選手たちは冷静かつ迅速に、現在の自分自身の級班や点数、自分のやってきたことなどを的確に見極め、耐える時は耐え、主張する時は強く主張して見せていかなければならない世界なのです。それはどの社会でも一緒の仕組みだと思います。そして、競輪選手の7割以上は追込とマークの選手が占めています。ですから、日々、あらゆるシュミレーションをしておきながらもシッカリ一貫性を持ち、上手に掛け合う(駆け引き)器が必要となってくるのです。自分の走り(=生き様)で“人の心を動かす”ようでないと、一流の追込選手、マーク選手として生き抜いてはいけないのです。だから、日々の1レース、1レースが大切なのです!


話しは戻りますが、関東勢の物足りなかったところは上位戦での結束力です。“プロ”とは?……お客様を楽しませ、観る者に感動を与える仕事だと私は思います。そして、通常、お客様は買い物をする際、商品をちゃんと見極めたうえで判断、買うか?買わないか?を決めます。ですが、競輪は公営競技ですから、お客様へ迫力と魅力あるレースを提供する前提で車券を購入していただく。すなわち競輪は“前払い”だということなのです。今回の久留米G3での勝ち上がりにおいて別戦で走った木暮選手、杉森選手でしたが、決勝戦では平原康多(埼玉87期)選手という大きな軸となる存在があったことで、杉森選手―平原選手―木暮選手―神山拓弥(栃木91期)選手という強固な関東ラインを形成。栃茨ラインもある中で、関東結束と4番手を回った神山選手の粋な計らいにはこれぞ『競輪道』が見られました。競輪のラインは長くなればなる程、先行選手の頑張りが必要になりますが、後方を回る選手も一肌脱いでいることを見逃してはならないのです。今回のような粋なレースができるようになってきた神山選手には競輪の勝負の流れが巡ってくることでしょう!
そして、決勝戦では山崎賢人(長崎111期)選手―中川誠一郎(熊本85期)選手の九州ライン、単騎を選択したグランプリチャンピオンの三谷竜生(奈良101期)選手、著しい活躍と結果を残している松浦悠士(広島98期)選手を相手にしても、キッチリ勝ち切るラインであったことを証明。ここに今後の楽しみを感じた一戦でもありました。

競輪場は関東圏内に多く集中(関東地区=8場、南関東地区=7場……全体の1/3以上)しています。久留米競輪場の地元のお客様に対し、関東勢の活躍をアピールできたことは競輪界の売り上げに大きく関わってくると、私は思っています。関東勢が各地区に負けない強いラインになることを期待しながら、これからも見守っていきたいものです。

【略歴】


後閑信一(ごかん・しんいち)

1970年5月2日生 群馬県前橋市出身
前橋育英高在学時から自転車競技で全国に名を轟かせる
京都国体においてスプリントで優勝するなどの実績を持つ
技能免除で競輪学校65期生入学
1990年4月に小倉競輪場でデビュー
G2共同通信社杯は2回(1996年・2001年)の優勝
2005年の競輪祭で悲願のG1タイトルを獲得
2006年には地元・前橋でのG1レース・寛仁親王牌も制した
その後、群馬から東京へ移籍
43歳にして2013年のオールスター競輪で7年ぶりのG1優勝
長きに渡り、トップレーサーとして競輪界に君臨
また、ボスの愛称で数多くの競輪ファンから愛された
最後の出走は2017年11月10日のいわき平F1
年末の12月27日に引退を発表
2018年1月に京王閣、立川、前橋でそれぞれ引退セレモニーが行われた
現役通算2158走551勝
引退後は競輪評論家やタレントとして活躍中
長女・百合亜は元ガールズケイリン選手(102期)である