「ネットボール」という競技をご存知だろうか。おそらく多くの人が「?」だと思う。 6月某日、相模女子大で開催された全日本ネットボール春季選手権を観戦した。ネットボールは、アメリカで生まれたバスケットボールが1892年にイギリスに渡り、女性…

「ネットボール」という競技をご存知だろうか。おそらく多くの人が「?」だと思う。

 6月某日、相模女子大で開催された全日本ネットボール春季選手権を観戦した。ネットボールは、アメリカで生まれたバスケットボールが1892年にイギリスに渡り、女性向けのバスケットボールとして1895年にリメイクされて誕生した。日本にネットボールが入ってきたのは1990年で、1999年から日本選手権が開催されている。

 日本代表は”つばきJAPAN”と称され、2018年のアジア選手権にも出場し、12カ国中7位の成績をおさめた。アジアではシンガポール、マレーシア、スリランカが強い。



昨年のアジア大会に日本代表としてプレーした安部春菜さん

 ちなみに、2015年の世界選手権ではオーストラリアが優勝し、ニュージーランド、イングランドが続いた。オーストラリアでは、ラグビーやクリケットと並び国民的なスポーツとして人気だという。

 では、ネットボールとは具体的にどんなスポーツなのか。

「運動が得意な子、苦手な子、あらゆる人が楽しめるスポーツですし、自分の得意なことを生かしてチームのために役に立てるスポーツです」

 そう語るのは、ネットボール歴6年の安部春菜さん(26歳)。身長170センチの高さを生かして、GSやGKといったポジションでプレーしているという。昨年は日本代表としてアジア選手権にも出場したトッププレーヤーのひとりで、この日は”あんなかネットボールクラブ”の選手として出場していた。

 その歴史を知る前だったので、最初は見ていてももうひとつイメージがつかみづらかった。しかし、しばらく試合を見ていて、わかりやすく言えば、これって「ドリブルのないバスケ」だと思った。

 試合時間は、基本的に1クォーター15分を4クォーターまで戦うが、年齢やレベルによって競技時間やコートの幅を変更できる。

 この日は1クォーターが7分。バスケと同じ高さ3.05mのゴールにボールを入れた数で競う。バスケのゴールのようにバックボードはなく、イメージとしては子どもの頃に運動会でやった玉入れに近い。あくまでバスケから派生したスポーツだが、ルールはまるで異なる。

「最初は不便というか、制約が多いなって感じでした。でも、やっていくと自分の得意なことを生かせるようになり、すごく面白いなって思うようになりました」

 安部さんが語るように、バスケのようにシンプルではない。

 幅30.5mのコートは、自陣のゴールサード、センターサード、相手陣のゴールサードに3分割されていて、目印となるように青いラインがそれぞれの境目に引かれている。ゴール前には半径4.9mのゴールサークルがあり、若干の違いはあるが見た目はバスケのコートに似ている。ただ、バスケは5人の選手がコート内を自由に動けるが、ネットボールは7人の選手の役割と動ける範囲がそれぞれであらかじめ決められている。

 選手のポジションは、以下の7つになる。

GS(ゴールシューター/シュートを打つ選手):相手陣のゴールサードのみでプレー

GA(ゴールアタック/攻撃をつくり、シュートも打てる):相手陣のゴールサードとセンターサードでのプレーが可能

WA(ウイングアタック/センターサードと相手エリアに行き来して攻撃をつくる):ゴールサークル内を除く相手陣のゴールサードとセンターサードでプレー

C(センター/攻守の中心選手):3つのエリアを自由に行き来できる唯一の選手だが、ゴ-ルサークル内ではプレーできない。

WD(ウイングディフェンス/相手のパスをカットする選手):センターサードと自陣のゴールサード(ゴールサークル内を除く)でプレー

GD(ゴールディフェンス/リバウンドを狙う守備の人):センターサードと自陣のゴールサードでプレー

GK(ゴールキーパー/ゴールを守る選手):自陣のゴールサードのみでプレー

 攻撃はGS、GA、WA、Cの4人でするのだが、ドリブルは禁止。パス(バウンドパスを含む)だけでボールを運び、ゴールを狙う。

「見ている人には、パスを回すスピード感や連携の美しさを楽しんでもらえると思います」

 安部さんが言うように、センターが中心となってパスをつなぎ、フェイントや素早いパスワークで相手の守備陣を崩し攻撃するシーンはなかなかの迫力だ。3秒以上、ボールを保持することができないので、連携して動くことが求められる。ちなみにゴールは1点で、バスケのように3ポイントシュートはない。

 試合を見ていると、バスケのように激しい肉弾戦はない。

 ネットボールにはいくつかの反則があるが、コンタクトとオブストラクションが主な2つ。ざっくり説明すると、コンタクトは相手に体をぶつける行為で、オブストラクションはボールを持っている選手の90cm以内に近づいて守備をしてはいけない。

 ルールを見てもわかるように、基本的に攻撃が優位になっている。たとえば、ゴールサークルでGSやGAにシュートを打たれると邪魔できない。最初見た時は「なんでブロックしないんだろう」と思っていたが、コンタクト禁止なのでシュートを打たれたら、ディフェンス側にとっては外れるように神頼みするしかない。ケガのリスクをできるだけ排除し、楽しくプレーすることを優先している。

 ユニフォームも独特だ。バスケはランニングタイプのウェアだが、ネットボールはワンピースが主流だ。この日、安部さんのユニフォームは日の丸の”赤”につばきをあしらたもので、デザインは自由なのだという。試合前はレフリーによる爪のチェックが入る。爪が伸びているとその場でカットしなければならない。危険防止のためだが、「それも独特です」と安部さんは笑う。

 安部さんは現在、日本ハムで営業を担当しながらプレーしている。

「もともとバスケをしていたんですけど、大学2年の時に理事長に誘われて始めました。社会人になって、練習は頻繁に参加できないですけど、各自が自分の役割を生かして勝負できるのがネットボールのよさです」

 大学を卒業してからもネットボールを続けているが、関西ではプレーできる体育館がなく、日常はジムに通い、会社の同期に頼んでパス練習をする程度。「体が動かなくなって……」と苦笑するが、そのせいもあって最近はGKが多い。

 試合の時は現地集合だが、移動はすべて自費。昨年、シンガポールで開催されたアジア選手権も、日本代表にもかかわらず旅費は自己負担だった。

「協会にお金がないので、遠征はすべて自費。それだと実力があっても来られない選手がいて、それが今の大きな課題ですね」

 日本代表の活動費が自己負担とは驚きだが、それが日本のネットボールの現状である。なんとかその状況を打破しようと、安倍さんはスポンサー探しを本格的に考えている。すでに会社にサポートを提案したが、野球、サッカー、ゴルフと大口の契約を結んでいるので「難しい」と断られたという。

「チームとしてまだまだ強くないですし、露出も少ない。スポンサーするだけの対価を得られないんです」

 アジア選手権で優勝でもすればメディアの関心も一気に高まるだろうか、そこまでの実力はまだない。知名度はお世辞にもあるとは言いがたく、この日、試合を見にきていたのは選手と関係者のみだった。

 優勝したチームにはカップが手渡されていたが、副賞は大きなお菓子の袋詰めだった。それを見た時はさすがに驚いたが、少しでも何かを提供したいという協会の気持ちは伝わった。

 6月末から鹿嶋で開催されたアジアユースのIDも自分たちでつくり、100円ショップでストラップを買うなど、なんとかやりくりしている。

「もう、こういうのがずっと続いています。みんなボランティアで大会を開いているので、なんとかスポンサーを見つけて、もう少し組織をシステム化していきたいんですけど……」

 安部さんは困った表情を浮かべるが、そこに悲観的な暗さはない。プレーを楽しむとともに、そういう状況にも「仕方ない」と割り切った明るさがある。

「将来的な夢は、スポーツとして認知され、もっと全国的にネットボールをやれる場所が増えて、各地域にクラブチームができて、バスケやサッカーのように子どもたちにとってひとつの選択肢になることです。あと、日本って生涯スポーツってあまりないですよね。ネットボールはどの年代の人でも楽しめるので、生涯スポーツのひとつになればいいかなって思っています」

 日本ネットボール協会の多胡英子(たご・えいこ)理事長も「小学校の体育の授業に取り入れられるようにし、生涯スポーツにしていきたい」と熱い思いをたぎらせている。

 まだ認知度も知名度もないが、女子選手たちがそれぞれのエリアで一生懸命チームのために貢献しようとする姿には、胸を打つものがある。プレーはもちろん、観戦向きのスポーツでもあるので、ぜひネットボールの面白さを感じてほしい。