◆第97回全日本選手権大会◆

5月23日~26日 埼玉・戸田ボートコース

大会後は誰よりも泣いた!復活した実力者・櫻井菜々(コ3)の奇跡への軌跡


レース後、仲間に迎えられ櫻井は涙を流した

近づいてきた大金星に、頭が追い付いてこなかった。4艇で2000メートルを競った決勝戦。500メートル地点で3位、1000メートル地点で2位に順位を上げ、残り500メートル付近ででとうとう先頭に躍り出た。「えっ?嘘でしょ?」。それまではひたすら漕ぎに集中していたが、1位になった瞬間から急に脳が思考を始める。このままいけば、自分たちが日本一。勝つ自信はあったが、実際に手が届く位置まで来ると、金メダルは非現実的に感じられた。
櫻井にとって約半年ぶりの大会だった。年明けに肋骨を疲労骨折。当時のブログで櫻井は、「人生最大に気分が落ち込んで悩んで苦しんで苦しんでもがいている最中」とつづっている。シーズン開幕に向け仲間が練習に励む姿を、見ていることしかできない。選手引退の道も頭によぎった。
4月14日に行われた第63回日立明三大学対抗戦レガッタ。この大会で、女子エイトは3年連続の優勝を果たした。これまで常に最前線で戦ってきた櫻井は、自分なしで得たこの結果を素直に喜べなかった。「嬉しさよりも悔しさがあった」。現実から目を背け、逃げ出すこともできる。だが、もう一度勝ちたい――。もう一度船に乗って、オールを握って、皆と戦いたい。水上への強い想いが、彼女を突き動かす。復帰から全日本までの1か月間、櫻井は死ぬ気で練習に打ち込んだ。
そして掴み取った悲願の日本一。レース後、櫻井は誰よりも涙を流した。3学年女子唯一の漕手である彼女を、同期マネジャーをはじめとする仲間たちが迎え入れる。いつも自分たちを支えてくれるマネジャーにメダルをかけることが、選手一同の目標だった。「立教のマネジャーって本当にすごいんですよ。ずっと恩返ししたかった」。9月のインカレが終われば、女子唯一の最上級生漕手としてチームを率いることになる。だが、不安要素はこれっぽっちもないだろう。絶望の淵から這い上がってきた彼女は、きっと誰よりも強い。

怪我ニモマケズ不安ニモマケズ!Ms.ストイック・五十嵐のどか(現2)の奇跡への軌跡


表彰式でひまわりの花束と金メダルを授与され、満面の笑みを見せる五十嵐の(写真中央)

「もっと強くなりたい」。昨年11月の全日本新人選手権大会終了後、五十嵐のは静かに、だが力強くそう語った。当大会の結果に対しての言葉ではない。より大きな称号を勝ち取るために必要な“強さ”を求めての発言だった。無垢の権化ともいうべき純真純白な人柄の彼女だが、ボートについて話す時は目の色が変わる。
中学時代は吹奏楽部でトロンボーンを吹いていたが、スポーツに惹かれ高校からボートを始めた。持ち前の負けん気の強さで鍛錬を重ね、高校3年時には佐藤理(観2)とともに高校日本一にまで上り詰める。努力家で自分に厳しい性格は昔から変わらない。
強くなるため、多くの困難と戦った。ストイックな選手が多いボート部の中でも、五十嵐のは特に自分に厳しいタイプだ。2月にあばらを痛めた時も、リハビリ中にオーバーワークしてしまい完治が遅れた。「焦りもあったし、周りを見てたらやりたくなって・・・」。自らに高いハードルを課しているからこそ、つまずいた時の反動は大きい。
決勝戦前夜には、プレッシャーから涙がこぼれた。「絶対勝てる」「負ける気がしない」。他クルーが明るく自信を口にする中、五十嵐のはどうしても笑顔になれなかった。明日自分たちは勝てるのか、優勝できるのか。不安が付きまとう。そんな時彼女を救ったのは、高校の先輩でありクルーのお姉さん的存在である土方(コ4)だった。「いろいろ話を聴いてくれて、落ち着けた」。スタートラインに着いた時も緊張は感じていたが、自分たちは優勝できる、と自信を持ってレースに臨めた。
Ms.ストイックは常に高みを目指す。大会終了後、来年以降も日本一を狙うのかという問いに対して「もちろん」と即答。自分が引っ張っていく自信はまだないが、現4年生がいたからできたとは言われたくない。「皆となら大丈夫」。夢を叶えるために、これからも彼女は走り続ける。
(取材・渡邊大樹、合田拓斗/文・合田拓斗)