「正直、ここまでの成長は”想定外”でしたねえ……」 武田(広島)を率…
「正直、ここまでの成長は”想定外”でしたねえ……」
武田(広島)を率いる岡嵜雄介(おかざき・ゆうすけ)は、喜びといくらかの困惑が入り混じったような笑顔で、教え子の成長を評した。
岡嵜の描いた”予想図”を上回る成長を続けているのが、武田のエースを務める谷岡楓太(たにおか・ふうた)だ。昨秋の練習試合で151キロ、今年6月に行なった近大付(大阪)との練習試合で自己最速となる152キロをマーク。その速球に、「平日の練習時間は約50分」という武田の練習環境の特殊さもあわさり、甲子園未出場ながら知名度を急上昇させている。

6月の練習試合で自己最速の152キロを記録した武田高校のエース・谷岡楓太
「ドラフト候補」としてメディアに取り上げられることも多くなってきた谷岡だが、中学時代は地元の軟式クラブチーム・安シニアの2番手投手。特段目立った存在ではなかったが、ある点が試合を観戦していた岡嵜の目に止まった。
「ベンチ前でキャッチボールをしている姿を見て、『あ、いいなあ』と思ったんです。リリースのときに手首が立っていたので、鍛えたら球速が伸びそうだな、と」
思わぬ収穫に胸を躍らせた岡嵜は、谷岡がエースではないと聞き、心のなかでガッツポーズをつくった。
「進学校ということもあって、平日の練習時間は50分程度。学校のグラウンドも内野分のスペースしか使えない日が大半です。その環境、公式戦で大きな実績を残せていないこともあり、中学時代に主力として活躍している選手は来ることはほぼありません(苦笑)。それでも、中学生の試合を見ていると、控えのなかにも『これは……』という子が時々いる。谷岡が2番手と聞いた時は『よし!』と思いました」
当時の最速は125キロ。「高校でも投手が続けられたらいいな」とだけ思っていた無名の右腕に届いた”投手”としての勧誘。武田にスポーツ推薦は存在しないため、一般入試を突破する必要があったが、迷わず受験を決めた。
2017年4月、「投げられる」という希望を抱きながら入学した谷岡だったが、いきなり出鼻を挫かれる。監督の岡嵜から”投球禁止令”が出されたのだ。岡嵜がその意図を説明する。
「入部直後の練習で谷岡が走っている姿を見て、『これは絶対にケガするな』と直感したんです。動きにスムーズさがなく、大げさに言えば、子どもが初めて走りだしたようなぎこちなさがありました」
通常の練習から外し、柔軟性向上のためのストレッチメニューに取り組むよう指示を出した。目標は股割りで頭が地面に着くこと。指揮官から与えられた課題に取り組みはじめた谷岡だったが、「故障もしていないのになぜ自分だけ……」という思いから涙を流したこともあった。岡嵜が振り返る。
「元々投手をやりたい、とにかくボールを投げたいという思いでウチに入学した選手。泣きながら『投げさせてください』と、僕に訴えてきたこともありました。それでも、『まずはやってみよう。続けていたら必ず意味がわかるから』と説得し、とにかく毎日股割りに向き合わせました」
涙の直談判はあったものの、「一度やりはじめたら手を抜かずに取り組むタイプ」という谷岡の性格も功を奏し、無事柔軟の目標をクリア。入学から約2カ月の時を経て、待望のブルペン投球に臨むと、いきなり135キロを計測。一切投球練習をしていなかったにも関わらず、中学時代の最速を早々と更新したことに谷岡は驚きと興奮を隠せなかったが、岡嵜にとっては”想定内”だった。
「柔軟性は故障防止のために必要と考えられがちですが、むしろパフォーマンスアップに必要な要素だと考えています。僕があれこれ理屈や理論を並べるよりも、球速という数字に表われる、自分自身で体感したほうが重要性を理解できると思ったんです」
そこからは柔軟を継続しつつ、筋力強化にも着手。ウエイトトレーニングで体を大きくするだけでなく、正面を向いて立った状態から体を捻ってボールを投げる「腹横筋(ふくおうきん)スロー」などの実技練習にも取り組み、鍛えた筋力を動きのなかで発揮する”筋出力”の向上にも力を注いだ。
その結果、1年夏に最速140キロを突破し、2年夏には148キロに到達。そして、同年秋の公式戦終了後の練習試合で大台突破の151キロを叩き出した。中学時代から26キロの球速アップ。この成長曲線は、岡嵜にとっても”想定外”だった。
岡嵜は言う。
「初めて谷岡のキャッチボールを見たとき、『体に柔軟性と強さが備わってくれば、140は出せるな』とは思っていたんです。ウチの練習メニューで、140キロ投手に育て上げる自信は持っていました。けど、それ以上は正直想像していなかった。2年夏以降の彼の進化は、僕の予想をはるかに上回っていますね」
谷岡が続ける。
「最初140キロを目標にしたときも『投げられたらいいな』くらいの気持ちで、目標というよりも”夢”みたいな感じでした。もっと言うと、入った時は『投手として通用するのかな』と思っていたぐらいで……。考えが変わったのは140キロが出るようになった1年夏ごろ。練習を続けていけば、150キロに届くかもしれないと思うようになってきました」
順調に進化を続けていたが、高校野球最後のシーズンイン直後にひとつの”落とし穴”が待っていた。4月初旬の練習中に左足の股関節を故障。大事を取って春の県大会での登板は回避し、5月頭から投球練習を再開した。
このアクシデントの際、岡嵜は「”原因の原因”を考えなさい」と谷岡に課題を与えていた。岡嵜がその意図を説明する。
「ひじの故障の原因が『トップで肘が十分に上がっていなかった』ことだとします。この場合、『ひじが上がっていない』という原因がわかっていたとしても、『なぜひじが上がってこないのか』という”原因の原因”を突き止めないことには状況は改善されません。体重移動に問題があるから肘が上がらないのか、そもそもの柔軟性が足りていないのか。そこを追究することが必要だと思っています」
岡嵜の言葉を受けた谷岡は熟考を重ね、ある気づきを得た。谷岡は言う。
「自分のフォームを振り返ると『踏み込んだ左足がインステップしている』ことに気がつきました。インステップしているのに強引に腕を振ろうとするから、左足の股関節に負担がかかってしまう。原因であるインステップがなぜ起こるのかを考えたとき、フォームの始動からリリースまでに”力み”があったからだと気づけたんです」
脱力を意識したフォームの習得に取り組むだけでなく、スパイクの中敷きを左右で別のものにするなど、多方面から改善を試みた。さらに、インステップ修正は思わぬ副産物をもたらした。谷岡が続ける。
「脱力を意識するために、『130キロを投げる力感で140キロを出す』イメージで投げていて。その感触が思っていたよりも自分に合っていたんです」
130キロの力感で140キロ、140キロの力感で150キロを投げる。その意識で臨んだ5月初旬の練習試合で140キロ後半の球速を記録。故障からの完全復活を印象づけただけでなく、6月8日の近大付との練習試合で自己最速を更新する152キロを記録した。
148キロを叩き出した2年時に、岡嵜と定めた目標がある。それが「公式戦での150キロ超え」と「最速155キロ到達」。目標の意図について岡嵜が説明する。
「広島県内の公式戦で、球場のスピードガンで150キロを超えた投手はいないと聞いています。有原航平投手(現・日本ハム)が広陵時代に甲子園で149キロ、広島新庄の堀瑞輝投手(現・日本ハム)は3年秋の国体で150キロを出していますが、広島大会で150キロは出していない。谷岡には『広島大会初の150キロ投手になろう』と話しています」
もうひとつの「最速155キロ」は、「150が目標では、そこに届かずに終わってしまう」と”あえて”設定した高い目標だった。しかし150キロを超えた今、その数字は現実味を帯びつつあり、谷岡も手応えを口にする。
「152を出したときも、脱力を意識しながら149、151を投げた流れでの更新でした。かなり感覚が掴めてきましたし、狙わなくてもスピードが出させるようになってきたと感じています。それと、新しい変化球を練習中なんですが、その新球がストレートにもいい影響を与えてくれていると思います」
現在、谷岡が習得に取り組んでいるのが、”スラッター”と呼ばれる変化球。スライダーとカットボールの中間のような変化を見せる球種だ。谷岡が続ける。
「スラッターのリリースが、『アメフトボール投げ』と同じなんです。アメフトボールにジャイロ回転をかけるイメージで野球ボールを投げるとスラッターになる。アメフトボールを投げることで、リリースの感覚と手首の角度を上手く調整することができるんですが、スラッターを試合で投げたとき、それと同じ効果があると感じています。なので、夏もスラッターのあとに投げるストレートで最速を更新できるんじゃないか、と思っています」
最後の夏を前に、岡嵜はこう期待を寄せる。
「谷岡は決して器用ではありません。できないことも多い選手です。けれども、『これをやってみよう』とこちらが指示をしたことは、手を抜かずに最後までやり遂げる。コーチやトレーナーから、野球の技術、体の構造、栄養についての知識を貪欲に吸収しようと食らいついていく。その姿勢でここまで目標をクリアしてきているので、最後まで貫いて『甲子園に行って、高卒でプロ入り』という高校での最大の目標を達成してほしいですね」
夏の初戦は7月17日、神辺と広島中等教育の勝者との対戦が決定した。球場はスピードガンが設置されている鶴岡一人記念球場(呉二河球場)。「広島大会初の150キロ」の期待もかかる一戦となる。
驚異的な成長スピードと無限の可能性。この夏、努力で周囲の予想を飛び越えてきた右腕が広島の歴史を塗り替える。