神野プロジェクト Road to 2020(33)

 長野県東御(とうみ)市の湯の原高原で練習パートナーのニコラス・コリールとマラソン合宿を行なっていた神野大地は無事に合宿を打ち上げ、MGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)に向けて調整を続けている。



MGCに向けて順調に調整を続けている神野大地

 レイヤートレーニングを2017年の4月からスタートさせ、ケニア合宿にトライするなど、一切妥協することなく、苦しい練習を積み重ねてきた。それは神野の真面目で几帳面な性格によるものでもあるが、”努力”を続けることは容易なことではない。なぜ神野は、こうした地道な努力を続けて来られたのだろうか。

「努力したあとにいい結果が得られたという経験が過去にあったからなんです。高校の時は、最初、女子よりも遅かったけど、最後はインターハイに出場することができた。大学では4年間で一度ぐらい箱根を走れればいいかなって思っていたけど、3回も走ることができ、その上”山の神”と言われて2回優勝することができた。社会人になってからはハーフで思っていた以上の結果が出た。

 僕はもともと力がないところからスタートして、それぞれのところで努力してきたからこそ今の立場があると思っているんです。ただ、今までは自分の努力で結果を得られてきたけど、今回、僕が目指しているのが日本のトップ。努力しても届かないかもしれないけど、自分には努力しかない。努力なしに成果は得られない。僕はそう思っています」

 プロアスリートであれば、誰もが少なからず努力している。神野のすごいところは、それが一過性ではなく、継続して高いレベルで行なわれているところだ。毎日の練習、毎日のケア……やるべきことを365日続けている。

「人生は一度きりなので、後悔をしないためにやるべきことをやって、その上で挑戦することが大事だと思うんです。MGCは力的に、大迫(傑)さんや設楽(悠太)さんかなっていうのがあるかもしれないけど、正直、誰が勝つかわからない。そこで勝つためには日々の努力を続けることだと思うし、もちろん運も必要。ただ、運を味方につけるもの、神様が見ていてくれるというか、最後まできちんとやってきた選手にご褒美をくれるんじゃないかなって思っています」

 そこには、自分ほど練習をやってきた選手はいないという自負が感じられる。もっとも、そう思わなくては厳しいレースで勝ち抜くことはできない。その自負こそが、選手が自信を持ってレースに臨むための拠りどころになるからだ。

 神野の取り組みに注目しているメディアは多い。バラエティ番組に出演し、講演会、子どもたちのランニング教室など、多方面で活躍している。そのせいか、ほかの選手よりも露出が多い。プロランナーゆえに自己プロデュースをしていかなくてはならないが、メディア戦略についてはどう考えているのだろう。

「僕がこうして注目してもらえているのは、箱根駅伝で”山の神”になったからだと思うんです。だから、マラソンで大した成果を挙げているわけじゃないですけど、今も継続して注目してもらえている。自分にとってはすごくありがたいことです。そこで戦略ではないですけど、心がけていることがあります。いい時も悪い時も、すべてお話しをするということです。聞きたかったことをすべて聞いてもらって納得してもらう。アスリートとして、いい時も悪い時も、すべて話をする義務があると思っています」

 そこで思い出されるのが”腹痛問題”だ。

 2017年の福岡国際マラソンからMGCの出場権を獲得するために複数のレースに出場したが、毎回腹痛が起こり、今年の東京マラソンで出場権を獲得するまで苦しんだ。その間、腹痛の問題が再三取り上げられ、一時は「腹痛については話をしない」という方向も検討された。だが、神野は逃げずにその問題と向き合い、メディアの質問に答えてきた。

「僕には理想のアスリート像があって、それは『一番応援される選手になる』ということなんです。これだけ注目してもらっていますし、応援してもらうためにはありのままの自分を伝えていくことが大事だと思うんです。それに今の僕の実力からいって、いい時だけ発信できるような立場じゃない。悪い時もしっかり答えていくことで、いい時はその倍の応援をしてもらえるようになると思うんです。

 練習がきつかったり、レースで結果が出ずに『もう無理かな……』って思う時があるんですが、そういう時の支えって自分を応援してくれる人たちの存在なんです。メディアが取材に来てくれてモチベーションが上がることもあります。ファンはもちろん、自分のためにもメディアは必要ですし、うまく付き合っていければと思っています」

 神野はプロになってから、積極的にSNSを利用して発信している。知名度が飛躍的に上昇し、注目されればフォロワーの数も増え、応援してくれる人の数も増えた。一方でツイッターにはアンチの声も届くようになった。そういう声を、神野はどう受け止めているのだろうか。

「アンチの声は気になります(苦笑)。以前は2ちゃんねるとか見ていましたけど、80%は批判なんですよ。もうそこは気にならないですけど、ツイッターはアンチの声とか批判は見たくなくても目に入ってきますからね。僕は、『自分のことを嫌いな人は嫌いでいい』って感じではなく、みんなに好かれたいんです。それは不可能なんですけどね……。

ただ、批判的な意見を言う人は、すごく調べて書き込んでいるし、調べないと出てこない情報を知っていたりする(笑)。だから最近は、それって僕に興味があるからだと思うようにしています。とはいえ、アンチの人よりも応援してくれる人のほうが多いので、これからもSNSは積極的にやっていきたいと思っています」

 そして神野はSNSの効果を実感しているという。これまでは陸上のことをメインに発信していたが、最近は大ファンのヤクルトスワローズについても積極的にツイッターに上げている。するとヤクルトファンからも応援の声が届くようになった。まったく違うスポーツのファンからの声援に、神野は「すごくうれしいです」と表情をほころばせる。

 神野は湯の丸高原での合宿を打ち上げたあと、都内で調整し、7月9日にホクレンロングディスタンスチャレンジ2019深川大会の1万mに出場し、同21日の士別ハーフマラソンまで北海道で合宿を行なう予定だ。

「深川の1万mと士別ハーフは、練習の一環として出ます。MGCで最高の走りをするために必要なことなので、このレースで成果を求めるというよりはMGCにつながる走りをしたいと思っています」

 神野は凛々しい声で、そう言った。

 そして取材のあと、こんなことがあった。

 ホテルには湯の丸高原にハイキングに来ていた年配のご夫婦やグループがいた。神野を見ると、「あれ、見たことがあるわ。山の……山の人よね(笑)」と親しげに話しかけてきた。同世代だけでなく、幅広い年齢層に顔を知られ、声をかけられる。神野が積極的にメディアに露出し、SNSで発信してきた成果だろう。

 一番応援されるアスリートになる--草の根的に神野大地の名前はいろんな世代に広がり、浸透しつつある。それらがMGC本番ではとてつもない声援になり、大きな支えとなるに違いない。