「野球は9人ではできません。僕はいつでも、自分の役割を果たしたいと思ってやっています」 そう語るのは、プロ10年目の…

「野球は9人ではできません。僕はいつでも、自分の役割を果たしたいと思ってやっています」

 そう語るのは、プロ10年目のヤクルト・荒木貴裕だ。彼のプレーを見ていると「本当にすばらしいチームプレーヤーだな」と、つくづく感じさせられる。今シーズンは主に代打の切り札として貢献しているが、先発で出場することもあれば、守備でも内野だけでなく外野もこなす。



今シーズンは代打で高い成功率をおさめているヤクルト・荒木貴裕

 小川淳司監督は「荒木はベンチの考えをよく理解してくれる選手です」と話し、前監督の真中満氏も同じことを語っていた。苦しい戦いが続くチームにとって、荒木は欠かすことのできない存在となっている。

 今シーズン、荒木が最高のユーティリティぶりを発揮したのが、4月28日からの3試合だった。

 28日の広島戦(神宮球場)では、「6番・ファースト」で先発出場。先制のソロアーチを含む2打数1安打2四球と活躍。翌日の同カードでは、5回裏の二死一、二塁の場面で代打出場し決勝のタイムリーを放った。そして30日のDeNA戦(横浜スタジアム)は、延長10回表、一死二塁で再び代打として出場し、またしても決勝のタイムリー二塁打。3試合連続決勝打を放ち、チームの勝利に大きく貢献した。

 荒木に、この3試合について「先発出場、試合中盤での代打、延長戦での代打と、それぞれ状況も役割も違い、準備が大変だったのでは?」と聞くと、こう答えてくれた。

「僕はレギュラーで出ていませんし、控えとしていつでも試合に入れる準備はしておかないといけないですからね。先発出場の選手よりも先々の展開を考えて、ベンチで行動しないといけないと思っています。そこは気を遣うところですね。今はほとんど代打に限られているので、そこを主に考えて準備しています」

 6月22日のロッテ戦(神宮球場)、序盤に4点を失ったヤクルトは、4回裏に2点を返して、なおも一死満塁のチャンスで荒木を代打に送った。この日までの荒木の代打率は.393で、まさに”代打の切り札”としての起用が続いていた。

「イニングの先頭でいくのか、走者はいるのかいないのか。いるとしたらどの塁にいるのか。それに僅差なのか、同点なのか……試合状況によって投手の攻め方は変わってくると思うので、データは時間をかけて目を通します。今日の試合であれば、序盤だったので『まだどうかな……』という感じでしたが、今シーズンは追いかける展開が多いですからね。チームとしては早い回で点がほしい場面だったと思うので、打順やうちの投手の球数を見て準備はしていました」

 結果は、左腕の土肥星也に対し、3ボールからの4球目をレフトに犠牲フライを放ち、1点差に詰め寄った。荒木がこの場面を振り返る。

「打席では、まず最低限の仕事を考えて、それに合った(ボールの)待ち方をしました。あの場面は、三振はもちろん、内野フライもダメ。ゴロを打つにしても内野が(定位置まで)下がっていたので、できれば外野まで飛ばしたいなと。

 結果的に最低限の仕事はできたと思いますが……こういうチーム状況だからこそ、本当は四球かヒット以上は必要だったと思っています。あの場面、ボールだったら押し出しの四球でしたが、狙い球を真っすぐに絞り、ストライクゾーンにきた球を消極的にならずに打ちにいけた。そこはよかったと思いますけど、自分としては、あそこは同点、もしくは勝ち越しの場面をつくりたかったです」

 代打の切り札というのは、過酷なポジションだ。ゲームの行方を左右する場面で登場し、ひと振りで明暗が分かれてしまう。

「勝敗を左右する場面で使ってもらっているので、打った時はうれしいですけど、やっぱり打てなかった時は相当悔しさが残ります。代打は1回きりですからね。打てなかった時は気持ちを切り替えようとしても、結構引きずるところはあります。メンタルをいかに平常に保つかは難しいところですね」

 荒木の試合への準備はベンチのなかだけではない。去年から始まった”チーム早出練習”では、今年も若手たちと一緒にバットを振り込んでいる。チーム早出のない移動当日ゲームやデーゲームの日には、個人早出でマシン相手に打ち込んでいる。

「こういう言い方が正しいのかわからないですけど、それが自分のためになると思ってというか……練習していれば、そういう場面で打たせてくれるんじゃないかと信じてやっています」

 チーム練習を見ていても、荒木は前面に出るタイプではないが、チームメイトからの信頼の厚さを感じる。青木宣親は「荒木は、オレが(ヤクルトに)戻ってきてから、最も成長していた選手だと思う」と言った。

「それはいろいろな面でね。ユーティリティとして、守ることもそうだし、打撃でも状況判断ができるし、勝負強くて長打もある。レギュラーとしてはやっていないけど、すべて高いレベルでプレーできる。チームに必ずいてほしい選手ですよね。本当にいい選手になったなと思います」

 宮出隆自(りゅうじ)打撃コーチは、「今年は試合序盤や中盤で”切り札的”な役割というところでやってもらっていますけど、野球に対して抜くことをせず、積み重ねてきた経験値がここまでの成績に結びついていると思います」と言い、こう続けた。

「打席に入るまでの心構えや投手との間合いの取り方など、うまさというか、落ち着きが出てきていると感じますね。荒木の野球に対する姿勢や練習への取り組み方を、若い選手はお手本にしてほしいとすごく思っています」

 ルーキーの中山翔太は6月9日に一軍初昇格。その試合で、ベンチでの荒木の姿に感銘を受けたと話す。

「初回からどんなことが起きても対応できるように、ベンチやベンチ裏で体を動かしていましたし、まだ出番はないなという時は、声を出している。打席ではチームのことを考えたバッティングをしていて、ランナーがどこにいるのか、イニング、点差を考えて右打ちしたり、外野フライでいい場面ではしっかりと打てる。僕自身、いろいろ吸収できればと思っています」

 最後に、残り試合で目指すこと、そして先発出場についての考えを聞くと、こう答えてくれた。

「今はどんな形でも試合に出たいですね。もちろん、先発で出たい気持ちはありますが、自分のことだけをやればいいという年齢じゃないですし、チームのことをいろいろ理解してやらなければと思っています。試合数にしても、バッティングにしても、数字を目標にするのは難しいですね。代打で3割を打ったとしても、ランナーがいる場面で1本も打てなかったら意味がないですし、僕としてはランナーがいる場面で1本でも多くのヒットを打つことが大事かなと思っています」

 交流戦が終わり、再びリーグ戦が始まった。荒木の「ベンチの期待に応えてくれるプレーの数々」は、最下位に沈むヤクルトに勇気を与えてくれるはずだ。