マンシーの喜び方にバムガーナーが激怒で口論も…“報復死球“よりいい? 「リベンジではいけない」

ドジャース 1-0 ジャイアンツ(日本時間10日・サンフランシスコ)

 9日(日本時間10日)にサンフランシスコのオラクル・パークで行われたジャイアンツ-ドジャース戦で、ジャイアンツのマディソン・バムガーナー投手がドジャースのマックス・マンシー内野手に被弾し、“一触即発”の口論となる場面があった。メジャーでは、本塁打後に投手の前で過剰に喜ぶことは“挑発行為”とも取られ、その後の打席で報復行為として死球を当てられることもある。それだけに、口論という形となった今回の一件について米メディアは「それでいい」と理解を示している。

 この試合、初回1死でマンシーがバムガーナーから同球場名物の見事な“スプラッシュ弾”を放った。酔いしれたマンシーは打球の行く先をじっくりと眺めていたが、これにバムガーナーが激怒。MLB公式サイトは「彼はマンシーに眺めるのをやめて走るように叫んだ」と伝えている。マンシーはこれに対して「僕が打球を見ているのが見たくないなら、海に取りに行けばいい」と言い返し、ダイヤモンドを一周する間、2人の口論は続いたという。

 メジャーではあれば、次の打席でバムガーナーがマンシーに“報復死球”をぶつけてもおかしくない展開。ただ、バムガーナーはやらなかった。

 米ヤフースポーツのマイク・オズ記者は「バットフリップと本塁打祝福はクールだが、マディソン・バムガーナーにも一理ある」とのタイトルで記事を執筆。文句をいうだけで“報復死球”という行動を取らなかったバムガーナーに理解を示している。

 同記者はまず「私は野球選手が本塁打を祝福することに大賛成である。かっ飛ばしたら、眺める。バットフリップする。ゆっくり一周する。すればいい。投手が本塁打の祝福を見たくないなら、打たせなければいいのではないか? 球を投げ、フェンスを越えるのを見る立場ではない第三者が言うのは簡単だということも理解している」と言及。打者が本塁打を喜ぶこと自体に問題はないという考えだ。

「本塁打を眺めることは、怪我につながらない」

 その上で「バムガーナーには一理ある」と指摘。「作用には反作用が伴う。祝福することでフィールドで選手たちに感情を表すことを望むのに、怒りの感情を望まないということはできない。感情は感情である。正の感情が見たいなら、負の感情も見ることになる」。つまり、打者が喜びの感情を爆発させることが自由なら、投手が怒りの感情を出すことも問題ないというのだ。

 一方で「その反作用は球を当てることではいけない。リベンジではいけない」と“報復死球”を問題視。「本塁打を眺めることは、怪我につながらない。バットフリップもそうである。マウンドで怒って叫ぶことが反作用であるなら、それでいいのではないだろうか」。怪我をする可能性がある“報復死球”よりも、マウンド上で怒りの感情を露わにするほうがよっぽどまともだと主張している。

「正直、誰も怪我をしない限り、野球にはもっと争いがある方がいい。現代の野球はもっと興奮を必要としている。スポーツの本質は勝利、敗北、それに伴う感情である。感情を抑えるほど、面白くなくなる」

 感情を抑えるよりも、表に出したほうがいい。つまり、打者が本塁打を喜ぶ行為も、それに対して投手が怒りの感情を表すことも、隠さないほうが盛り上がると指摘。その上で「だから、マディソン・バムガーナーのような投手がマウンドで怒って叫ぶことは、バットフリップや本塁打の祝福と引き換えに存在することであり、価値のあるトレードのように思える」と指摘。大怪我につながる可能性がある“報復死球”なんかよりマシだということだ。

 熱い感情がおかしな方向へ進んでしまわないことをファンも望んでいるはずだ。(Full-Count編集部)