ここ6シーズン、東京六大学野球の優勝から遠ざかっている、名門・早稲田大学野球部の第20代監督に就任した小宮山悟。再建を目指して指揮を執った初めての春季リーグ戦は、7勝6敗、勝ち点3。チーム打率、防御率ともにリーグトップで、主将の加藤雅樹をはじめ4人がベストナインに選ばれながら、リーグ最後の”早慶戦”で敗れ3位に終わった。初めてシーズンを戦い終えた指揮官は、この結果に何を思うのか。




春季リーグ戦が初采配となった小宮山監督

 小宮山悟監督が、野球解説者として活動していた2016年の著書・『最強チームは掛け算でつくる』(KKベストセラーズ)に、こんな言葉がある。

「強い組織をつくるためにまず必要なのは、人材の発掘と育成、教育」
「選手が育たないのは、腰を据えて使わないから」
「人は失敗と成功を繰り返しながら、いろいろなことを学ぶ」
「試合で経験を積まないと成長することはできない」
「実戦のなかで選手たちは何かに気づき、成長していく」

 解説者として語ったことと、監督になって感じたことはまったく同じではないはずだ。早稲田大学野球部という名門の監督として初めて采配を振るにあたり、さまざまな悩みや葛藤があったことは想像に難くない。OBからの批判の声も耳に届いただろう。

 成績がよくない選手を起用し続けるのには勇気が必要だ。しかし小宮山監督は、リーグを通して不振にあえぎ続けた1年の中川卓也を、一塁手スタメンで最後まで起用した。

 2018年夏の甲子園で、大阪桐蔭(大阪)の三番打者としてチームを春夏連覇に導いた中川のバットから、快音はほとんど聞かれなかった。初戦の東京大学との2試合では9打数1安打。続く明治大学との2連戦では7打数ノーヒット(5三振)で、この時点で打率.062。ドラフト1位候補の森下暢仁を擁する明治大学に2連敗を喫したことを考えれば、「スタメン落ちもやむなし」と思われた。

 それでも中川がスタメンから外れることはなかったが、調子は上がらなかった。立教大学との1回戦で4打数0安打、2回戦は4打数1安打。1勝1敗で勝ち点がかかった3回戦も4打数ノーヒットだった。

 法政大学との対戦では、1回戦で1安打、2回戦で初めてのマルチヒット(2安打)を記録し、1打点を挙げて勝利に貢献したが、3回戦はまたノーヒット。早慶戦3試合で放ったヒットはわずか1本(8打数)に終わった。

【打てなくても、めげない、腐らない】

 中川は全13試合に出場し、成績は47打数6安打、打率.128。小宮山監督は、最後までスタメン起用を続け、代打も出さなかった中川についてこう語った。

「本人が一番苦しんでいたはず。結果が出なくてつらかっただろうし、プレッシャーも感じていただろう。監督として『いける』と判断し、こちらの期待に応えてくれると思うから起用している。彼のいいところは何でもソツなくこなすところ。打撃についてもアプローチはいいので、凡退しても納得できる。

 大切なのは、大学を卒業する時に『さすが』と思わせる選手になっていること。今は我慢比べの時期。ここを乗り越えてほしい。すぐに結果が出るほど、バッティングは簡単じゃないでしょう」

 一方の中川は、法政大学との2回戦で初めて2安打を放ったあと、こう語った。

「これだけ打てないのは、野球人生で初めてです。ずっと試合に出させてもらってありがたい。田中浩康コーチには『打率は過去のことだから』と言われていますし、4年生の米田圭佑さんには『打てなくてもいいから』とリラックスできるような言葉をかけてもらっています」

 高校野球とのレベルの違いは大きい。東京六大学の投手たちのコントロールと球質に慣れるためにはどうしても時間がかかる。

「レベルが違うから、焦って、迷いが出る。でも、割り切って打席に立つように心がけています。いい結果が出なくても、めげない、投げやりにならない、腐らないように」

 中川は、失敗と成功を繰り返しながら、いろいろなことを学んだはずだ。

【個人の能力を見ればもっとやれる】

“先を見据えた育成”を見せる一方で、今のチームの屋台骨を背負うべき選手には、プライドをくすぐりながら刺激を与えた

「チームではトップかもしれないけど、六大学ではどうか。全国的に見てどうか」

 試合で起用される機会が多かった選手たちは、小宮山監督の厳しい視線にさらされることでこれまで以上の結果を残した。

 2018年秋に不振に陥った4年の加藤雅樹は最後まで首位打者を争い(打率.396でリーグ2位)、満票で2度目のベストナインに選ばれた。同じく4年の捕手・小藤翼と遊撃手の檜村篤史、3年の外野手・瀧澤虎太朗も初めてベストナインに名を連ねた。

 エース候補と目されていた3年の早川隆久は全カードの初戦の先発を任されるなど、8試合に登板してリーグ3位の防御率2.09(3勝2敗)という安定した投球を見せた。投手陣には他にも、3年の今西拓弥、2年の西垣雅矢と徳山壮磨など、高校時代に強豪校でならしたポテンシャルの高い選手が揃っている。

「今のチームにはいい選手がたくさんいる。自分たちの学生時代と比較したら、選手の質という部分では、天と地ほどの差がある。すばらしい選手ばかり」(小宮山)という早稲田の戦力を考えれば、3位で満足できるはずがない。

 リーグ最後の早慶戦では初戦に勝利しながら、そこから連敗で勝ち点を逃した小宮山監督は、悔しさをあらわにした。

「(慶応大学との)3回戦は、なす術がなかった。指導力不足を露呈してしまいました。(自分に)腹が立って仕方がない。春のリーグ戦を戦ってみて、課題が山積していることがよくわかった。秋までに、ひとつひとつクリアしていくが、大変な作業になるはず」

 しかし春季リーグ戦から、指揮官が得た収穫もある。

「選手個々の能力が私のイメージとそう違わないこと。選手をひとりひとり見れば、もっとやれるはず。早川にしても、さらに上のレベルを求めている。まだまだ物足りない。彼はこんなレベルのピッチャーではありません。秋まで徹底的に鍛え直します」

 春に得たものを秋へとつなげる。名門の未来を託された新指揮官の戦いはこれからだ。