2018年8月にドイツ・ハンブルクで行われた車いすバスケットボール世界選手権。男女ともにファイナルに進出し、男子は初の金メダルに輝き、女子も銀メダルという好成績を挙げたのがイギリス代表チーム。そのチームを陰で支えている企業の一つが、日本の…

2018年8月にドイツ・ハンブルクで行われた車いすバスケットボール世界選手権。男女ともにファイナルに進出し、男子は初の金メダルに輝き、女子も銀メダルという好成績を挙げたのがイギリス代表チーム。そのチームを陰で支えている企業の一つが、日本の車いすメーカー『松永製作所』。同大会でイギリスチームのメカニックを担当したのは、主にスポーツ用車椅子ブランド「MP」の海外マーケットを担当する神保康広さん。日本国内から海外へ――グローバルなビジネス展開の道を歩み始めた同社の狙いと今後について、神保さんにうかがった。

取材・文/斎藤寿子 2018年8月16日。4年に一度の“世界一決定戦”が幕を開けたその日、松永製作所はイギリス車いすバスケットボール代表チーム(British Wheelchair basketball、以下BWB)とオフィシャルサプライヤー契約を正式に締結。2022年までの4年間、松永製作所がBWBのメカニック部門を全面的にバックアップすることが決定した。

松永製作所は、日本を代表する車いすメーカーの一つで、スポーツ部門にも注力し、日本の車いすスポーツを支えてきた。特に車いすバスケットボールでは、2014年世界選手権以降、男子日本代表チームのメカニックを担当。2015年からは、正式にチームスタッフとして国内外の大会や海外遠征、強化合宿などに帯同している。同社の競技用車いすは国内のトップ選手たちからの人気も高く、2016年リオデジャネイロパラリンピックでは、車いすバスケットボール男子日本代表メンバー12人のうち8人が同社の車いすを使用した実績がある。

同社は、14年にタイに販売会社を設立し、海外への販路拡大にも取り組んできた。だが、これまではアジアにとどまり、欧米への進出は考えていなかったという。そんな中、欧州の一つ、イギリスにビジネスを展開するきっかけとなったのが、17年の夏に国内で行われた男子車いすバスケットボールの国際親善試合『三菱電機 WORLD CHALLENGE CUP』だった。

同大会には日本のほか、イギリス、ドイツ、トルコの代表チームが参加。元日本代表で米国のリーグでもプレーした経験のある神保さんは、その幅広い人脈を使って、大会期間中に各チームのスタッフや選手たちと話す機会があった。

そんな中、当時BWBのアシスタントコーチから耳にしたのは、イギリスにおける競技用車いすの意外な現状だった。これまでイギリスの代表選手のほとんどがイギリス国内メーカーの車いすを使用していた。しかし、選手たちが満足をして同メーカーの車いすでプレーしているかといえばそうではなく、選手たちからは多くの要望があがっているというのだ。すると、そのコーチが口にした一言が、神保さんの耳にとまった。

『きめ細かく対応してくれる日本のメーカーなら、きっと海外でも受け入れられると思う』

その言葉に、神保さんは目から鱗が落ちたような思いがした。

「それまでは、端から欧州でビジネス展開するのは無理だと決めつけていました。でも、考えてみれば自動車産業をはじめ、高度な技術ときめ細かなサービスを得意とする日本の“モノづくり”は、世界に広く受け入れられてきたわけですよね。ならば、自分たちだって欧州で勝負することができるのではないか。そう思ったんです」 神保さんはすぐに動き始めた。白羽の矢を立てたのは、2人のイギリス代表選手だった。

『三菱電機 WORLD CHALLENGE CUP』では、松永製作所も車いすのメンテナンスを提供しており、大会期間中、会場内に設置されたコーナーでは同社から派遣された修理班が、選手たちの要望に応じていた。

すると、イギリス代表の選手が松永製作所が取り扱う日本製のタイヤを求めに来た。同大会で日本人選手が使用しているタイヤを目にし、性能の良さを感じて求めにきた選手たちは少なくなく、大会期間中、予想を上回る50本ものタイヤが販売されたという。

なかでもイギリス代表の2人は松永製作所のタイヤを気に入り、さらに試乗した同社の車いすにも大きな興味を抱いてくれていた。そこで、その場で2人の採寸をはかり、同社で製造することにしたのだ。

出来上がった車いすを持ってイギリスを訪れたのは2017年11月のこと。

「正直、イギリス選手にしてみれば、松永製作所は“海のものとも山のものともわからない”無名に近い存在でしたから、本当にビジネスにできるかどうかはわかりませんでした。でも、弊社の車いすの評価をしてもらうだけでも今後につながる糸口が見つかるかもしれない。会社にはそういって挑戦させてもらいました」

シェフィールドにあるナショナルトレーニングセンターで行われていたBWBの強化合宿で約1週間、2人の選手に松永製作所で製造した車いすに試乗をしてもらうことになっていた。すると、車いすに乗った瞬間、2人の選手たちからは“これはいい!”と高評価だったという。

「私から見ても、確かにいい動きをしているなという感じはあったのですが、もしかしたら気を遣ってくれているのかもしれない、という思いもありました」

と神保さん。しかし、その2人の言葉が実際その通りだったことが翌日、明らかになった。

翌日、練習開始は10時。ところが、1時間前に到着してしまった。まだ誰もいないかもしれないと思いながらも体育館をのぞくと、そこで行われていたのは、選手たちがそれまで使用していた車いすと、松永製作所の2つの車いすによる“タイムトライアル”をはじめとする性能テストだった。そして、その結果は『何度やってみても、松永製作所の車いすの方が速いし優れている』というものだった。

「本当は私たちが見てはいけないものだったと思うのですが(笑)。でも、本音を聞くことができたので良かったなと。“数字が証明してくれている”と、チームからも選手からも高評価を得られて、本当に嬉しかったですね」

2人の選手に改めて感想を聞くと“もう前の車いすには戻れない”と、わずか1日の試乗で松永製作所の車いすに決めてくれたという。神保さんは手応えを感じながら、帰国の途に就いた。(前編終わり)

(プロフィール)
神保康広(じんぼ・やすひろ)
1970年6月16日、東京都出身。パラリンピック男子車いすバスケットボール元日本代表。16歳の時にバイクの自損事故で下半身麻痺に。1992年バルセロナから2004年アテネまで、4大会連続でパラリンピックに出場。2000年、レイクショア財団研修生として渡米、障がい者スポーツ指導法を学ぶ。NWBA(全米車いすバスケットボール協会) デンバーナゲッツ在籍、全米選手権ベスト4。2006年マレーシアに渡り、車いすバスケットボールの普及活動及びナショナルチームコーチ就任。現在、 松永製作所でスポーツ車いすと海外市場の担当として製品企画・開発及びCSR活動に従事。HP:松永製作所