1点ビハインドで迎えた後半アディショナルタイム。目安の4分はすでに過ぎ去ろうとしていた。タイムアップの笛がいつなっ…
1点ビハインドで迎えた後半アディショナルタイム。目安の4分はすでに過ぎ去ろうとしていた。タイムアップの笛がいつなってもおかしくない状況下で、CKの混戦からのこぼれ球を蹴り込んだのは、浦和レッズの46番だった。
刹那、バタバタと倒れ込む川崎フロンターレの選手たち。そして直後に、試合終了を告げる笛が鳴り響いた。殊勲の男――森脇良太は4連敗と窮地に陥っていた浦和を、そのひと振りで救った。

起死回生の一発で浦和の5連敗を阻止した森脇良太
まさに、サヨナラ男である。森脇は第5節のFC東京戦でも、ラストプレーで同点ゴールを奪取している。
振り返れば、サンフレッチェ広島に所属した2012年にも、その年に奪った4つのゴールのうち、3つをアディショナルタイムに決めている。内訳は、負けを引き分けとしたゴールがひとつで、引き分けを勝ちに持っていったゴールがふたつ。アディショナルタイムの一撃で、5つの勝ち点も上積みしたことになる。その勝負強さがなければ、この年、広島は悲願の初優勝を成し遂げられなかったかもしれない。
果たして、森脇は持っている男なのだろうか。あるいは、大事な場面で何かを感じ取れる嗅覚を備えているのだろうか。イジられキャラを受け入れるなかで、いつしかどんな場面でも動じない強靭なメンタリティを手に入れたのかもしれない。
「気持ちには、引力がある」
かつて広島ユースを率いた、森山佳郎監督の言葉である。現在はU-17日本代表を指揮する森山監督は、当時広島ユースの選手たちに、そう説いていたという。その教えを受けていた森脇には、「念ずれば花開く」の想いが備わっているのだろう。最後まであきらめない気持ちが、土壇場での同点ゴールを引き寄せたのだ。
森脇だけではない。この日の浦和は、まさに「気持ち」の戦いだった。
前節、広島に敗れてリーグ戦4連敗。その2日後に、オズワルド・オリヴェイラ監督の解任が発表された。鹿島アントラーズを3連覇に導いた名将も、浦和で晩節を汚した感は否めない。
混迷を極めるなかで後任に就いたのは、大槻毅新監督である。昨季も途中に暫定的に指揮を執り、チームを立て直した実績を備える。オールバックの強面の風貌で「組長」「アウトレイジ」と呼ばれた新監督は、浦和を再建できるのか。川崎戦の焦点は、まさにそこにあった。
果たして、大槻監督に率いられた浦和は、低調に終わった1週間前の広島戦とは明らかに異なる姿を示した。
立ち上がりからアグレッシブにボールを取りにいき、ボールを奪えば素早く切り替え、鋭く相手ゴールに迫っていく。開始早々の宇賀神友弥のゴールはオフサイド判定で認められなかったものの、迫力十分のアタックは王者を十分に慌てさせるものだった。
この日の浦和は前節から、スタメン5人を変更。システムも3−3−2−2から3−4−2−1へとマイナーチェンジを施している。スタメンのなかには大卒ルーキーのDF岩武克弥も抜擢された。
前体制下では、メンバーはほぼ固定化されていたが、大槻監督はまずチーム内に競争力を促すことから着手した。
「メンバーは、たしかにわからないような状況でした。実際に今日のスタメンは、前日練習のメンバーとは違っていた。誰が出るかわからない状況になったことで、チームにいい刺激が入ったと思います」
槙野智章が振り返ったように、閉塞感が漂っていたチームの雰囲気は、わずか3日間で大きく変わったという。実際に岩武をはじめ、ボランチに入った柴戸海、シャドーを務めたマルティノスら、これまで出番の少なかったメンバーたちが鬱憤(うっぷん)を晴らすかのようなプレーを見せて、チームに勢いをもたらしている。
ボールを奪い、素早く縦に展開し、相手にボールが渡っても、再び激しく奪い返しにいく――。そのプレーには間違いなく、気持ちがこもっていた。これまでの主軸の「危機感」と、チャンスを与えられた選手の「渇望感」が、この日の浦和の原動力となっていたのは間違いない。
もっともその勢いは、長くは続かなかった。後半に入ると、ボール回しの質を高めた川崎に対し、防戦一方の展開になってしまう。奪いにいってもはがされ、スペースの生まれたサイドをあっさりと崩された。54分にレアンドロ・ダミアンに均衡を破られると、その後も反撃の糸口を見いだせないまま、時間だけが過ぎていった。
「やってやろうというところが出た前半と、できないことが出てきた後半。二面性が出たゲームだったと思います」
大槻監督は試合後に、手応えと課題を口にしている。
準備期間がわずか3日では、無理もないだろう。気持ちだけで結果は得られないのだ。確かなスタイルを備えた連覇中の王者には、それ相応の戦略と戦術が必要なのは言うまでもない。
それでも浦和にとっては、ポジティブな結果となったことはたしかだろう。ほとんど負け試合だったにもかかわらず、1ポイントの上積みに成功できたのだから。
「4連敗のあとの引き分けなので、厳しい状況であることに変わりはない」と槙野は言うが、「自分たちが目指す方向というのは見せられたと思っていますし、生まれ変わっている姿を見せられた」と、前向きな言葉を並べた。
強面の指揮官は、厳しい表情を崩さずに、試合を振り返っている。
「0−1であきらめないわけがないですが、そのあきらめない姿勢が最後に(得点に)つながった。ついているなというところもありますが、中断期間を経て、この勝ち点1を生かせたと言われるようにしたい」
浦和にとっての幸運は、試合が2週間空くことだ。チーム再建に必要なのは、言うまでもなく時間である。
「戦術的な積み上げをしっかりやりたい」と語る大槻監督は、このインターバルでどこまで戦術を落とし込むことができるか。代表ウィーク明けに行なわれる第15節のサガン鳥栖戦が、「アウトレイジ第2章」の本当の幕開けとなる。