「この勝利はスタジアムだけでなく、世界中で我々をサポートしてくれたファンに捧げたい。彼らは今、狂ったように祝杯をあげ…
「この勝利はスタジアムだけでなく、世界中で我々をサポートしてくれたファンに捧げたい。彼らは今、狂ったように祝杯をあげているはずだ。そして明日、リバプールにいる人々と一緒に祝うことができる。センセーショナルな夜になるだろう。ただ率直に言って、私は何よりもホッとしているよ」

優勝トロフィーを手にして歓喜するクロップ監督
リバプールのユルゲン・クロップ監督は、チャンピオンズリーグ決勝後の記者会見でそう話した。自身3度目のCL決勝で、宿願を達成したドイツ人指揮官は穏やかなトーンで続ける。
「安堵したのは、私の家族のためでもある。想像できると思うけど、うちの家族はとても仲が良いんだ。過去6度(のカップファイナル)のあと、私たち家族は銀メダルと共にバケーションへ出かけていた。それはあまり良いものではなかったよ。でも今年はまったく違う。だからこの勝利を、家族にも捧げたい」
いつもどおりの滑らかな口調ではあるが、感情が歓喜だけに支配されているようではなかった。あるいはすでにピッチ上で、選手やスタンドのファンと喜びを分かち合ったあとだからかもしれない。
「もちろん、この勝利は選手たちのものだ。ピッチ上では、チームのほとんど全員が泣いていた。本当に感動的で、得たものが非常に大きかったからだ。このタイトルが意味するものは、我々にとってとてつもなく大きい」
前日の会見で、自身のキャリアの運について訊かれたクロップ監督は、「自分のここまでのキャリアはアンラッキーではない。むしろ、私の(決勝での)ミスが物語っている。私のチームは2017年を除き、2012年から毎年、(カップ戦の)決勝に勝ち進んでいる。少なくともこの7年間、私は準決勝の勝利に関する世界記録を持っている」と返答。強がりに聞こえなくもないが、「同業者の間で、監督をタイトルの数で評価する人はほとんどいない。それはあなたたち、外部の人がすることだ」と話している。それでもやはり、実際に掲げたトロフィーの感触は、この上ないものだったはずだ。
至高の舞台でクロップ監督にそっぽを向いてきたフットボールの神様はこの日、彼に優しく微笑んだ。開始23秒でPKを獲得し、モハメド・サラーがそれを豪快に蹴り込んで先制。2013年のドルトムントも2018年のリバプールも、彼の率いたチームはCL決勝で先手を取ったことがなかった。だが今回は幸運を味方にして、試合を優位に進めることができた。
そのPKにつながるシーンを含め、クラブ史上初のCL決勝を戦ったトッテナムには、やはり経験が不足していた。ボックス内で守備にあたる際、ムサ・シソコは脇を締めるべきだったし、デレ・アリやハリー・ウィンクスといった若手は、極みの舞台の雰囲気に飲まれていたように見えた。
トッテナムのマウリシオ・ポチェッティーノ監督は戦前、「明日の決勝でもっとも重要なことは、のびのびとプレーすること。10億人のファンが観ているなんて考えずに、少年時代のように楽しんでほしい」と語っていたが、選手たちがそれを実行に移すのは簡単ではなかったようだ。
英紙『ガーディアン』によると、スパーズはCL決勝の前週に、チームの団結を一層強固にすべく、ファイヤーウォーク──文字どおり火のなかを歩くこと──を取り入れたという。それはポチェッティーノ監督がサウサンプトン時代にもした儀式(古代から強さや勇気を試すものとして世界各地で行なわれてきた)で、モチベーション専門のコーチの指導のもと、監督を含めた全員がやりきり、選手たちのメンタルは強化されたはずだった。
ポチェッティーノ監督は戦術家と評されることが多いが、彼が最も重視しているのは精神力だという。強いメンタリティーがなければ、戦術や技術、フィジカルも意味をなさないと考えている。だからこそ、どん底からグループステージを勝ち上がり、準々決勝と準決勝で奇跡的な突破を果たすことができたのだ、と。ゆえに、彼とクラブにとって初のCL決勝の前に、心理面の準備に注力してきたのだろう。
けれどもやはり欧州頂上決戦は、経験や格がモノを言う舞台だ。CL(前身のヨーロピアンカップを含む)決勝進出は、リバプールの9度目に対し、繰り返すようだがスパーズは初。イングランド勢同士の対戦を現地で感じるために、10万人とも言われる熱狂的なファンがフットボール発祥の地からスペインの首都へ乗り込んだ(その多くはスタジアムの外で観戦することになるとわかっていた)。
筆者が道端で話しかけたダフ屋のチケット価格は、驚異の8000ポンド(約97万円)。そんな風に設定されたフットボールの至高のステージだ。エリートプレーヤーとはいえ、若い選手たちが重圧を感じたとしてもまったく不思議はない。どれほどの準備を積んできたとしても。
87分にディボック・オリギに2点目を決められるまで、スパーズは終盤にソン・フンミンを中心に攻勢をかけたが、クロップ監督が勝因に挙げたGKアリソン・ベッカーの好守もあり、最後までゴールは遠かった。
新戦力をひとりも獲得せずに──モダンフットボールではちょっとありえないことだ──、奇跡の連続を経てここまでたどり着いたスパーズについて、「彼らに失うものはない」と人々は言う。終了の笛を聞いて呆然とするスパーズの選手たちに失くしたものがないとするならば、彼らは何を得ただろうか。
「僕らはこの敗北から学ばなければならない」とウィンクスは言い、選手たちに何と声をかけたかと訊かれたポチェッティーノ監督は「みんな落胆しきっているので、今は何も話せない。ただし、ファンタスティックなシーズンだった。我々は胸を張るべきだし、私は選手たちのことを誇りに思う」と回答している。動揺は隠しきれなかったけれども。
しかし、クロップも(そしてポチェッティーノも)戦前に語っているように、フットボールを深く知る人々は、指導者たちをタイトルだけで評価しない。それぞれのチームにさまざまな状況がある。「決勝は勝利がすべて」とするクロップ監督の言葉も真実ながら、勇気ある敗者が示したものもまた真実だったはずだ。