「日本の人たちに申し訳ないです。僕は夢を見ていた。ちょっと簡単に見れない世界なんで、せっかく僕に期待してくれていた人たちがいたのに、それを裏切る形になったのが申し訳ないですね・・・・・・」

 現地時間5月25日、フロリダ州キシミー。WBO世界スーパーフェザー級王者から”前王者”になった伊藤雅雪(横浜光ジム)はそう言葉を絞り出した。

 この日、オセオラ・ヘリテージ・パークで行なわれた2度目の防衛戦で、伊藤は挑戦者ジャメル・ヘリング(アメリカ)に判定負け。3人のジャッジは、116-112がひとり、118-110が2人と、それぞれ大差をつける完敗だった。
 



ヘリング(左)に敗れ、王座から陥落した伊藤雅雪(右)

 身長、リーチで伊藤を4cmずつ上回る長身サウスポーのヘリングは、序盤から鋭い右のジャブでペースを掌握。「3回、4回くらいに、このままじゃまずいなと思った」という伊藤は中盤から接近戦を仕掛けるも、なかなか思いどおりには機能しない。距離が詰まると飛んでくるヘリングの左ボディも厄介で、28歳の王者が得意とする右パンチはついに火を吹かないままだった。

 リングサイドにはWBC同級王者ミゲール・ベルチェルト(メキシコ)が姿を見せており、興行を主催したトップランク社は統一戦のシナリオを着々と進めていた。メキシコ人王者とのチャンピオン同士の対決となれば、アメリカでも注目されるファイトとなる。爽やかなキャラクターとスタイリッシュなスタイルを持つ伊藤は、そんな大一番に”あと一歩”まで迫っていたのだ。

 しかし――。ヘリング相手に空転を続けたことで、ドリームプランは霧散。それでも伊藤は、痛恨の敗北を喫した直後の控え室の前で気丈に記者たちに対応した。目を赤く染めながら悔しい一戦を振り返ろうとする姿は、失ったものの大きさを象徴しているようでもあった。

 試合後、盛んに指摘されたのは伊藤のサウスポー対策の失敗だった。王者が日本で喫した唯一の敗戦【2015年2月の内藤律樹(E&Jカシアス・ボクシングジム)戦】もサウスポーが相手。”左が苦手”という話は戦前から囁(ささや)かれており、結果的に伊藤本人もヘリングに綺麗にいなされてしまったことを認めていた。

「一番わかりやすい形になってしまいましたね。自分が追う、逃げられる。いいルーム(パンチを出すための空間)を作れず、相手が打って、くっつく。あとは外から入っていくところを打たれる。自分としてはもっと距離を潰(つぶ)して、パンチも当たると思っていたんですけど」

 2012年12月にデビューしたヘリングは当初、海兵隊出身、ロンドン五輪代表というユニークなバックグラウンドから注目を浴びたものの、地味なスタイルゆえにこれまで”スター候補”とみなされたことはなかった。2016年7月に初の敗北を経験し、それから約1年後には2敗目を喫するなど苦しんだことで、”プロスペクト”の座からも陥落。筆者も少なからず彼の試合を見てきたが、世界戦の舞台で12ラウンドにわたり、アウトボクシングをやり切るだけの技量と逞しさをヘリングから感じたことはなかった。

「伊藤はサウスポーは得意でない」と聞いていたはずの、多くの関係者が「王者有利」と予想していた背景にはそんな理由があったのである。

 しかしヘリングは、33歳にして迎えた世界初挑戦の舞台で、意外なほどに伸び伸びとしたアウトボクシングを披露した。スピード、パンチのキレは、筆者の知る限りでは過去ベスト。一世一代のステージで、心身ともに最高のコンディションを作ってきたのだろう。それと同時に、その背中を支える”巨大な力”の存在が見え隠れしたように感じたのは筆者だけではあるまい。

 試合前、海軍出身のヘリングが「メモリアルデー(戦没軍人を讃える祝日:5月27日)」の週末に世界初挑戦することが盛んに喧伝された。また、試合があった5月25日は、10年前にSIDS(乳幼児突然死症候群)で亡くなったヘリングの実娘の誕生日であることも、ドラマ仕立てで伝えられた。それほどに整えられた舞台で、挑戦者は周囲の期待通りにベストファイトを展開してみせた。

 勝負の世界にリング外のストーリーを持ち込むのは的外れなことが多いが、今戦はどこか運命的なものを感じさせたのは事実である。ボクシング王国アメリカがヘリングに力を貸し、王座に押し上げたと言ったら大げさだろうか。シナリオどおりの王座交代劇は、”アメリカの勝利”という雰囲気すら漂うものだった。

 伊藤にとって今回の試合は、トップランク社が望む対戦者をいきなりあてがわれたことも含め、厳しいステージだった。それが敵地で戦うこと、アメリカに進出することの難しさでもある。タイトルを失い、キャリア不足を露呈した伊藤の行く手には厳しい道のりが広がっている。

 同じトップランク社と契約する選手でも、周辺階級に傘下の対戦相手がどれだけいるかによって状況は変わってくる。例えば、ミドル級周辺には選手が乏しいため、同級のWBA世界王者ロブ・ブラント(アメリカ)は、村田諒太(帝拳ジム)とのダイレクトリマッチ(他選手との試合を挟まないで即再戦をすること)が今年7月に組まれることになった。

それに対して、昨年にトップランク社と結んだ契約のオプションが存在するヘリングは、さらに先を見据えることができる。番狂わせの勝利を挙げたことで、同社の”統一戦路線”を伊藤から引き継ぐことが濃厚。だとすれば、伊藤がヘリングとの即座の再戦をまとめるのは難しいだろう。

「今日は本当に失望しました。僕も『ここから』と思っていたので、当たり前ですけどなかなか切り替えられないですね。もっとビッグファイトをしていきたかったので、簡単にまた同じポジションまで戻れるかといったら、すごく難しい世界だと思う」

 近年、アメリカを拠点にトレーニングを続けてきた伊藤は、この国でのビジネスの流れを熟知しているようだった。

 しかし、もちろん希望が潰(つい)えたわけではない。もともとトップランク社が伊藤と複数戦契約を結んだ背景には、契約選手の中でもエースとして期待をかけるワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、メキシカンにファンを持つベルチェルトの周辺に強豪を配置しておきたいという意図があったはず。契約は敗北とともに無効になるのが通常だが、伊藤も北米の関係者に名前を知られただけに、何らかの形でまたチャンスが与えられる可能性は十分にある。

 特に最近のボクシング界は、DAZNが本格参入したことで興行数が増え、逆に選手が不足気味。そんな状況下で、トップランク社には井上尚弥(大橋ジム)獲得の噂が流れるなど、日本人ボクサーを積極的に起用していることはご存知のとおりである。

 ヘリングに完敗した伊藤には、またチャンスが舞い込むとしても、次の注目ファイトでは完全な”Bサイド(相手役)”だろう。条件的にヘリング戦よりさらに厳しい戦いの中で、”Aサイド(主役)”を食って再び這い上がらなければいけないということ。もちろん簡単ではないが、アマチュア歴がなく”ボクシング年齢”が若い伊藤は、依然として大きな伸びしろを残しているだけに、今後のさらなる成長に期待したい。

 繰り返すが、伊藤本人が認めているとおり、この敗戦でアメリカで名を上げるのが極めて難しくなったことは間違いない。そんな厳しい立場から這い上がる気概が、日本の好漢に残っているかどうか。”アメリカの壁”に屈した今は、ゆっくりと身体を休めてほしい。そして、願わくば近いうちに立ち上がり、再び”アメリカンドリーム”に挑んでくれることを楽しみにしたいところだ。