復調したサガン鳥栖で攻撃の中心になっているイサック・クエンカ「”元バルセロナのクエンカ”ではなくて、今の自分をもっと知っ…

復調したサガン鳥栖で攻撃の中心になっているイサック・クエンカ
「”元バルセロナのクエンカ”ではなくて、今の自分をもっと知ってもらいたい。自分のプレー、試合での活躍でね。日本に来てプレーしてみて、とても気に入っているから!」
サガン鳥栖のMFイサック・クエンカ(28歳)は明るい声で、その気持ちを吐露している。
クエンカは、名門バルセロナの下部組織で育った。2011-12シーズン、ジョゼップ・グアルディオラ監督に率いられて世界最強を誇ったバルサのトップチームで、颯爽とデビューを果たす。カップ戦も含めて30試合に出場、4得点を記録した。スペイン国王杯、クラブW杯の優勝に貢献。チャンピオンズリーグでは得点こそなかったものの、4アシストを刻み、右サイドを疾走するドリブルは鋭利だった。
その後はアヤックス(オランダ)、デポルティボ・ラ・コルーニャ(スペイン)、ブルサスポル(トルコ)、グラナダ(スペイン)、ハポエル・ベエルシェバ(イスラエル)などを転戦。異なる国のクラブでプレーし、適応力を身につけている。その拠りどころは、やはりバルサ仕込みの技術なのか。
「イサックが持つと、ボールを取られない」と、そのキープ力は際立ち、鳥栖でもひとつのアドバンテージになっている。
Jリーグ1年目となるシーズン、膝の痛みのせいで、開幕は出遅れた。しかしその後は定位置を確保し、ここまでリーグ戦11試合に出場、2得点を記録している。
--何を見据えて、日本にやってきたのか?
「どこにいようとも、毎日、少しずついい選手になっていく。それが楽しみだよ。成長し、技術を改善させたい」
クエンカは顔をほころばせて答えた。はたして、バルサで得たものは今も何か残っているのか。率直に訊ねてみると、クエンカは「うーん、それは見ている人に決めてもらうべきかな」と言って、肩をすくめた。
「(たくさんの国でプレーしてきたので)なにより、能力よりも適応することが大事だと思う。プレー環境に適応し、年齢やコンディションを考え、自分の技術をアップデートできるか。それぞれの選手でシチュエーションが違うので、一概には言えないけどね」
実はクエンカのプレースタイルは、ここ数年で大きく変化している。バルサ時代は俊足のウィンガーだった。右サイドでボールを持ったら、積極的に縦へ仕掛け、ディフェンダーと1対1で勝負し、ペナルティエリアに入って決定的な仕事をする。常に危険な匂いが漂った。
「昔のビデオを見ると、イサックは”ビュンビュン系”の選手ですよね」
鳥栖のエースであるFW豊田陽平は、そう説明する。
「でも今は、縦に仕掛けるよりも、左サイドでボールを受けて、中に入ってチャンスメイクする感じですかね。前でポイントを作れるのはデカイですよ。自分としては、まだまだパスが出るタイミングを合わせる必要はありますけど、そこはこれからですね」
今のクエンカの主戦場は、左サイドになっている。そこでボールを持ち、横に運びながら相手の守備をずらし、プレスに来られたらターン。飛び込んでくる相手の力を利用してくるりと回る動きは、リオネル・メッシやアンドレス・イニエスタ、シャビ・エルナンデスなど、バルサ下部組織育ちのMFたちの得意技である。
「イサックには、もっと(得点に直結する)危ないエリアでプレーするようにさせたい。そこで力を発揮できる選手だし、そのサポートをしたいですね」
鳥栖の右サイドバックとして、チーム全体のバランスをとる小林祐三は、そう語っている。
「正直、守備は決して上手な選手ではないですね。ただ、イサックはボールが来たときにマークをはがせるし、とにかくボールを持てるから、楽にはなります。それに、前に居残ることで、カウンターの急先鋒になれる」
抜群のコントロールで、ボールを運ぶことができる。速攻の起点となるのだ。もっとも、それ以上にエリア内で勝負を決める技量を生かしたいところか。
「(ルイス・カレーラスから金明輝に監督が交代して)最大の変化? まずシステムが変わったかな。求められていることは、いわゆるサイドハーフと変わらない。攻撃では前でキープし、ドリブルで仕掛ける。守備ではサイドバックと協力してディフェンスすることさ」
クエンカは自らの仕事について淡々と語る。
ひとつ難があるとすれば、守備の部分だろう。サイドバックとの距離感が悪く、しばしば背後を取られる。あるいは下がりすぎて、侵入を許す。サイドの選手は、「中へのパスコースをカットし、侵入を許さない」というふたつの役割を同時に果たす必要があるが、守勢では不安定さを見せる。守備面の弱点は、攻撃重視のバルサ下部組織育ちの選手の特徴でもあって、それはヴィッセル神戸のMFセルジ・サンペールにも共通する。
ただ、攻撃の部分ではまだ力を秘めている。たとえば、試合のなかで10分間でも本来の右サイドでプレーした場合、相手は動揺を起こすだろう。スピードは失っているが、ひとり外してからのクロスの質は健在だ。ゴール前に近づいても、技術精度は落ちず、むしろ上がる。
第13節の鹿島アントラーズ戦では、両チームで最多の3本のシュートを放った。迫力のあるカウンターからのミドルシュートは、相手選手の手に当たったようにも見えた。
「あれはハンドだったよね? 本当はPKだよなぁ。笛はならなかったけど」
クエンカは口惜しそうに言い、相好を崩した。3連勝した余裕だろうか。もともと陽気な人柄で、チーム内でも人を楽しませるのを好む。自由奔放な感覚は、スペイン人よりもブラジル人に近いかもしれない。
「連勝に満足せず、次につなげる準備をしなければならないね。まだ始まったばかり。これからがスタートだよ」
スペイン人MFは、”元バルサのクエンカ”ではなく、”鳥栖の、あるいはJリーグのクエンカ”になれるか。
5月31日、鳥栖は本拠地にスペイン人監督ミゲル・アンヘル・ロティーナが率いるセレッソ大阪を迎える。