【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】「サッカーの首都」になったロンドン(前編) ロンドン北部の殺風景な界…

【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】
「サッカーの首都」になったロンドン(前編)

 ロンドン北部の殺風景な界隈に生まれたトッテナム・ホットスパーの新しいスタジアムは、「すばらしい」のひと言に尽きる。

 スタジアム内のクラフトビール店では、ビールがハンドフリーで注がれる。ビールを上から注ぐのではなく、カップの底から湧き上がってくる画期的なサーバーが使われ、1分間に1万パイントを用意することができる。ショップはすべてキャッシュレス。サウススタンドだけで1万7500人を収容する。ボーンマスのスタジアム全体を上回る人数だ。

 トッテナムの新しいホワイト・ハート・レーンは、フットボールをめぐる力の移り変わりを示してもいる。イギリスの首都ロンドンが史上初めて、このヨーロッパのゲームの首都になったのだ。

 今シーズン、ヨーロッパ規模の大会の決勝に進んだ4チームのうち、3チームがロンドンのクラブであることは、まったく偶然ではない。チャンピオンズリーグ決勝にはトッテナムが進出し、ヨーロッパリーグの決勝はアーセナル対チェルシーだった。これらはヨーロッパで最高のクラブというわけではないが、本拠地のロケーションのよさが、フットボールの伝統的な強豪と対等に戦う力を与えている。


ヨーロッパリーグ決勝の

「ロンドン対決」を制したチェルシー photo by Getty Images

 フットボールの発祥から1世紀以上にわたり、ロンドンのフットボールはさほどの存在感を示さなかった。イングランドのプロリーグは北部と中部が中心で、1部リーグには1900年までロンドンのクラブがひとつも入っていなかった。イングランドで南部のクラブがリーグタイトルを獲得したのは、実に1930-31シーズンのアーセナルが初めてだった。

 しかし第二次大戦が終わり、イングランド北部の産業が不振に陥ると、フットボールの中心は南部に移っていく。1970年代初め以降、イングランドの上位2つのディビジョンでは、南部のクラブの数が北部勢を上回ることも多くなった。

 フットボールの経済学でもっともシンプルな法則は「質の高さは金で買える」だ。ステファン・シマンスキーと僕が共著『サッカーノミクス』(邦訳『「ジャパン」はなぜ負けるのか──経済学が解明するサッカーの不条理』)に書いたように、あるチームがリーグ戦で何位になるかを予測する最高の指標は、選手に払っている年俸だ(移籍金ではないので、念のため)。年俸がもっとも高いクラブがトップになり、もっとも低いクラブがいちばん下になる。

 この法則を破ったクラブは数えるほどしかない。破ったとしても、ほんの短期間だ。たとえば、2015-16シーズンにプレミアリーグを制したレスター。過去2シーズンのリバプールも、選手年俸ではマンチェスターの2クラブを下回っていたのに、かなりの健闘を見せた。マンチェスター・ユナイテッドは支払っている年俸からすれば、もっといい成績を残してしかるべきだ。

 そうはいっても、ここ2シーズンにヨーロッパの主要リーグを制したクラブは、マンチェスター・シティ、ユベントス、バイエルン、パリ・サンジェルマン、バルセロナ……と、ヨーロッパで最もリッチと言える顔ぶれだ。フットボールにおいて金はすべてではないが、ほぼすべてであることは確かだ。

 そして歴史上、ほとんどの時期を通じて、ロンドンのクラブには質のいい選手を獲得するだけの金がなかった。 世界的な監査法人のデロイトはヨーロッパのリッチなフットボールクラブのランキングを毎年発表しているが、初めてベスト10を発表した1997-98シーズンには、ロンドン勢ではチェルシーが9位に入っただけだった。

 しかしイギリス経済にも、シンプルな法則がある。長い目で見れば、金はロンドンに流れ込む。

 これほど投資家を引きつけるヨーロッパの都市はほかにない。2003年にロシアの富豪ロマン・アブラモビッチがフットボールクラブを買おうと決めたとき、チェルシーに行き着いたのは当然だった。たとえばバーンリーあたりを買うなんて、考えもしなかったろう。

 アブラモビッチがチェルシーを選んだのは、高級住宅街であるイートンスクエアの自宅にいちばん近いクラブだったからだとも言われる(このときアブラモビッチは、「アーセナルは売りに出ていない」という誤った情報を得ていた。トッテナムについては、スタジアムまで遠いし、おまけに道のりがパッとしないという理由から関心を示さなかった)。

 その後、ロンドンはさらにリッチになっていった。レベルの高いフットボールを見るためなら金を惜しまない住民は、増えるばかりだった。

 そうした状況のもと、2006年にはアーセナルが3万8000人収容のハイバリーから6万6000人が入るエミレーツ・スタジアムに移転する。10年後にはウェスト・ハムが、6万6000人収容のロンドン・スタジアムに移った。この4月にはトッテナムもこの波に乗った。

 チェルシーが6万人収容のスタジアムを新設する計画は今のところ進んでいないものの、9万人が入るウェンブリーを加えれば、ロンドンはヨーロッパの「スタジアムの首都」の座をグラスゴーから奪い取ったと言えるだろう。今シーズンのプレミアリーグをロンドンで観戦した観客は、全体の37%を占めていた。フィナンシャル・タイムズ紙のジョン・バーン・マードックの推計によれば、イングランドのトップリーグの歴史で最高の数字だった。
(つづく)