恋して競輪ハンター 37 Hunting

5月14日に決勝戦を迎えた平塚G3湘南ダービーをラストに、南関東地区のグレードレースラッシュが終わりました。競輪はその翌日も……もっと言えば、あの決勝戦が終わった後も当日の小倉ナイター、弥彦と奈良のミッドナイト。また、翌日からも全国の競輪場でレースが行われています。ですから、あの決勝戦も今はもう遠い昔のことと、そう思っている競輪ファンも多いかも知れません。


私自身も数日後には岐阜競輪場へ遊びにいって、宇都宮G3を買ったり、家で玉野ナイターや奈良デイレースを観たり、買ったりしていました。でも、どうにも身が入らず、そんな気もそぞろな買い目で儲けられるはずもなく(苦笑)。チマチマと、お金を減らしていく日々を過ごしていました。
「これが燃え尽き症候群って、ヤツなのかな!?」なんて思いながら、今日もボンヤリと、出走表を眺めています。燃え尽き症候群とか言っておきながらも出走表を確認してしまうのは“競輪ファンあるある”でしょうか???笑

平塚G3の決勝戦は南関東5車のラインでした。9人で行われるレースの半数以上の選手が連携するというこの長いライン……成功を期待したファン、不安を抱いたファン、興味と好奇を持ったファン、各々が様々な思いを抱いたことだと思います。便利な時代ですから、競輪場にいない人の声、全国各地のファンの声もSNSなどで知ることができました。私はもちろん、成功を期待したファンなので、レース後は悔しさイッパイ。ただ、色々な見解も知りたいと思い、SNSで発信している競輪ファンのつぶやきを遡っていました。


様々な競輪ファンの声を読んでいると、フッと、思うことがありました。結果的に平塚G3での南関5車ラインは優勝者を出せずに、失敗したと、言われるかも知れません。だけど、それに対しての「やっぱり」というニュアンスの複数の声が印象に残りました。この「やっぱり」は構成されたメンバーからきたものではありません。過去の南関東の長いラインの戦績の記憶から失敗を予測していた「やっぱり」という声でした。それはつまり過去に南関東の長いラインが何度もあったことを証明するもの。また、それだけ競輪ファンの中に地区でのライン構成に対する印象、記憶が積み重ねられているということだと思いました。

競輪の歴史は70年、その中でレース形態は変化を続けてきたようです。かつては強い先行選手には強いマーク選手。その位置が欲しいなら競って勝たなければならない、というレースだったと、聞いたことがあります。その後には地区を越えた連携であった“フラワーライン”があったり、最近ではオリンピックを目指す強化指定選手たちの連携を“ナショナルチームライン”なんて呼んだりもしましたね。それでも、この30年くらいは地区で組まれたラインがレースのベーシックだったようです。
この30年間にそれぞれのファンが観てきた分だけの地区で組まれた時のラインの特性、戦績の記憶は脳と心に刻まれてきたのだと思います。そして、そこに車券が当たった記憶、負けた記憶がプラスされるからこそ、より深く刻まれていくのでしょうね。

これから先、ルール変更やレース形態の変化と共に、地区でのライン構成というものも変化していくことがないとは言い切れません。
しかし、歴史と共に競輪が変化しても、いつの時代も選手の走りがファンを魅了してきた過去、これからも魅了していく未来は変わらないはずです。これからもそんなレースを期待して、さらに贅沢(ぜいたく)を言わせていただけば、車券を当てるという幸せな記憶と共に、たくさんのレースを脳と心に刻み続けていきたいですね!

【略歴】


木三原さくら(きみはら・さくら)

1989年3月28日生 岐阜県出身

2013年夏に松戸競輪場で
ニコニコ生放送チャリチャンのアシスタントとして競輪デビュー
以降、松戸競輪や平塚競輪のF1、F2を中心に
競輪を自腹購入しながら学んでいく
番組内では「競輪狂」と、呼ばれることもあるほど競輪にドはまり
好きな選手のタイプは徹底先行
好きな買い方は初手から展開を考えて、1着固定のフォーメーション
“おいしいワイド”を探すことも楽しみにしている