「夢のようだ」 この日、サガン鳥栖のストライカーである豊田陽平は、試合終了間際の決勝点を叩き込んだ心情をそう表現した…
「夢のようだ」
この日、サガン鳥栖のストライカーである豊田陽平は、試合終了間際の決勝点を叩き込んだ心情をそう表現した。
その言葉にはさまざまな意味が込められている。長年、チームを支えるエースだったが、信頼を与えることができない日々が続いていた。鳥栖の歴史を作ってきたひとりとして、もどかしさも募った。その中で雄々しいゴールを決め、再び歓喜をもたらした。
「鳥栖というクラブは、最後までみんなであきらめずに勝利をつかむのがいいところ。一体感というか、”お互いのために”という献身性というか、その大切さを伝えていきたい。それが勝利にも伝統にもつながる」
豊田はその胸の内を洩らしていた。
「鳥栖らしさ」――この日は、その宴になった。
鹿島アントラーズ戦で劇的な決勝ゴールを決めた豊田陽平(サガン鳥栖)
5月26日、駅前不動産スタジアム。17位の鳥栖は本拠地にアジア王者、鹿島アントラーズを迎えている。
4-4-2のシステムを組んだ鳥栖は、前線の2トップがしつこくプレスをかけ、鹿島にビルドアップの自由を与えない。レオ・シルバ、三竿健斗という中盤の2人との通路を遮断した。
一方で意図的にロングボールを蹴り込む。長身でヘディングを得意とする豊田が跳び、相手センターバックの体力を消耗させるように競り合う。また、金崎夢生は裏やサイドに流れることで、センターバックの脚を使わせた。
「(相手が得点力のある鹿島だけに)守備から入ってくれ、と伝えました。鳥栖としては前の2トップのストロングを使いながら、そのこぼれを拾い、粘り強くプレーを続けて、セカンドボールをいい形で拾えましたし、前向きで持ってカウンターも仕掛けられたと思います」(鳥栖・金明輝監督)
5月から鳥栖の指揮を執るようになった金監督は、それまで10試合で得点わずか1と、最下位に沈んでいたチームを、窮地から救いつつある。
金監督は現役時代、選手として鳥栖でプレー。指導者としても鳥栖のU-18監督として結果を残してきた。昨シーズン終盤は残り5試合で采配を任され、チームを奇跡的に降格から救った。鳥栖のスピリットを知る指揮官が、プレーコンセプトを回帰させた。
「フェルナンド・トーレスはゴールすることに集中するべき。そのために体力を残す。守備は一切しなくていい」
前任のスペイン人監督ルイス・カレーラスの考えは偏っていた。所属選手の特性も考えず、攻守のバランスは崩壊。4月28日の湘南ベルマーレ戦で敗れると選手の信用も失い、事実上、更迭されることになった。
金体制で、トーレスは先発メンバーから外れている。この日も、ピッチに立っていない。直近のリーグ戦3試合は、出場5分、1分、出場なし。トーレス抜きで「鳥栖らしさ」が戻ったというのが現実だ。
金監督が率いるようになって、鳥栖は本来の「消耗戦の強さ」が出ている。ハードワークとひと括りにされるが、闘志をむき出しにして走るだけではない。戦術的な意図が明確になっている。
「鹿島は、レオ・シルバ、三竿のところは(ボールを)狩れるし、つなげる。あそこ(を通すの)は危ないから、スキップしてもいい。そういう意図で、今日の自分たちは狙って蹴っていました。一方で、相手は自分たちの前からのプレスによって、蹴らされていた感じ。同じように見えると思いますけど、その質が違う」(鳥栖・小林祐三)
ゲームはどちらに転んでもおかしくはなかった。ただ、鳥栖はジリジリした展開のなか、好機を伺っていた。後半アディショナルタイムに入って、何かが起きる予感はあった。
「試合終盤、相手のセンターバックは疲れて全然跳べていないし、走れていなかった。だから、(交代で入るときには)ガンガン裏を狙おうと。自分自身、筋肉系のケガで練習に合流したばかりだったんですが、5分なら全力で走れますから。ボールさえ来れば、必ずいけるって思っていました」(鳥栖・小野裕二)
そしてドラマは生まれた。
記録では94分だった。まず、鳥栖の選手がヘディングで入れたハイボールを、相手センターバックは跳べず、十分にクリアできなかった。こぼれ球を拾った鳥栖のMF高橋義希が、裏へボールを流し入れる。これに小野が勢いよく走り込む。するともうひとりの相手センターバックも出足が鈍く、ついていけない。小野が左足でクロスを折り返したとき、ゴール前に走り込んだ豊田は完全にフリー。左足でゴールネットを揺らした。
まさに”鳥栖劇場”だった。90分の消耗戦を戦い抜き、最後に渾身の一撃を放つ。誰ひとり、仕事を怠っていなかった。
――カレーラス監督時代は不調のどん底だったが、今は連勝を続けている。最大の変化は何か?
この日も攻撃の中心となっているスペイン人MFイサック・クエンカに聞いた。
「MUY UNIDO」
彼は開口一番、そう答えている。スペイン語で「固い結束」を意味する。仲間のために戦えるか。それは、まさに鳥栖の伝統だ。
これで鳥栖はガンバ大阪戦、サンフレッチェ広島戦に続いて3連勝。順位も14位まで上がっている。反撃の狼煙は上がった。
「自分は、みんなが守ってパスをくれて、ようやく得点を取れる選手。チームメイトの献身にいつも感謝していますよ。だからこそ、自分もチームを信じて前から走るし、体を張れるんです」
鳥栖を背負う男、豊田の言葉である。