大きな舞台の、しかも大一番でもないのに、妙にはっきりと覚えている”場面”というのがあるもの…

 大きな舞台の、しかも大一番でもないのに、妙にはっきりと覚えている”場面”というのがあるもので、今シーズンここまでローテーションの柱となり、リーグ上位の防御率を誇るなど奮闘を続けている阪神・青柳晃洋(こうよう)についても、忘れられないシーンがある。

 青柳が帝京大の4年の時だから、今から4年前のことだ。首都大学リーグの秋のリーグ戦、相模原球場でのことだ。



4月29日の中日戦でプロ初完封を記録したプロ4年目の阪神・青柳晃洋

 当時の帝京大は、西村天裕(たかひろ/現・日本ハム)というコンスタントに145キロを投げられるパワーピッチャーがエースに君臨していた。地面に突き刺さるような高速スライダーを勝負球に、リーグ戦で25勝をマーク。学生ジャパンにも選ばれ、その年のドラフトでも1位候補に挙がるなど、高い注目を集めていた。

 だが、好事魔多し。その日も先発マウンドで、持ち球のストレートとスライダーを武器にガンガン投げまくっていた西村に不運が襲う。一塁側に転がった当たり損ねのピッチャーゴロを捕球しようとするが、なにかの拍子にバランスを崩し転倒。そのままグラウンドに倒れこみ、悶絶する。

 その時だ。弾かれたようにダグアウトから飛び出してきた長身でスリムなユニフォーム姿の選手が、軽やかなフットワークでファウルグランドにあるブルペンへと駆けていった。そのうしろ姿がなんとも美しかった。

 あれだけ鮮やかな身のこなしで走れる投手なら、絶対にいい球を投げるに違いない。そう思って見ていたら、案の定、サイドハンドからの腕のしなりがすばらしかった。それが青柳だった。

 正直、「このピッチャーの方がいい!」と思った。今こうして、プロで成功しているから言うわけじゃない。当時、お世話になっていた雑誌にも<この体で、なんでこんなに勢いのあるストレートが投げられるのか……>といったことを書いている。7の力感で9の威力のあるボールを投げられる投手。それが当時の私の”青柳評”だ。

 じつはその試合で、青柳は投げていない。いち早く肩はつくっていたが、マウンドに上がったのはほかの投手だった。

 それからしばらくして、先発する青柳を狙って試合を見に行った。その日の青柳は、まさに跳びはねるように投げていた。踏み込んだ左足、プレートを蹴り上げる右足。タップを踏むような足さばきで、気持ちよさそうに腕を振る。指先からボールが離れた瞬間、右腕もボールと一緒になって吹っ飛んでいきそうな勢い。

 僕にはこれしかありませんから――そんな”開き直り”が伝わってくるような潔さが、当時の青柳の将来性だった。ただ、渾身の腕の振りであるのは間違いないのだが、それほど無理しているようには見えない。腕がゴムでできていて、力を入れずとも勝手にしなってボールを放っているような、そんな感覚だった。

 スコアボードにスピード表示の出ない球場だったから、その日の球速はわからないが、引っ張った打球の快打を放ったバッターはひとりもいなかった。ただ、青柳のスピードに押されてバットが3~4本粉砕されたことだけは、はっきりと覚えている。

 次の試合のためにネット裏にいた東海大の横井人輝監督(当時)が「青柳がいい時は、手がつけられないんです……」とつぶやいていた。

 それはプロの世界でも変わらない。とくに今年の青柳は、コントロールが格段によくなった。なかでもストライクゾーンからボールゾーンに逃げるスライダーの投げミスが極端に減った。この球で空振り、あるいはファウルを奪えるようになったことで、常に優位な立場で勝負できている。

 面白いのは、追い込んでから速球勝負に出る場面が多いことだ。スライダーを意識させておいて、威力のあるストレートで押し込み、打者を打ち取っていく。こんなサイドハンドの投手、見たことあるぞ!

 サイドハンドで頭に浮かぶのは、又吉克樹(中日)、十亀剣(西武)だが、彼らのスタイルとは違う。もっと前なら潮崎哲也(元西武)、高津臣吾(元ヤクルトなど)らだが、彼らでもない。そうだ、斎藤雅樹(元巨人)だ。

 青柳と斎藤に共通しているのは、リリースの際に手首が立っていること。ボールをしっかり叩けるから、力強いストレートがいく。

 そして空振りを狙えるスライダーの軌道もよく似ている。おそらく”曲げる”意識はないはずだ。リリースでボールを”切る”感覚だから、ボールの軌道はギリギリまでストレート。打者が「ストレートだ!」と思って振り始めた瞬間、キュッと鋭く曲がる。

 ただ、青柳がこれから学ばないといけないのはフィールディングだ。斎藤は、自分のスペースに打ち返した打球に対しては、確実にアウトにしていた。フィールディングという最強の武器を持つことで、自らのピッチングをより完璧なものにしていたのだ。青柳が「斎藤雅樹」に近づくためには、あのフィールディングを身につけることだ。

 大学時代にベンチから颯爽と飛び出していったあの軽快なフットワークがあるのだから、できないはずはない。

 自信が確信に変われば、腕の振りはさらに決然となって、球速が150キロ台になるのは時間の問題と見る。だからこそ、「斎藤雅樹」を本気で目指してほしい。

 ここまで大きな実績がないから、きっと青柳は「無理です……」と引いてしまうかもしれないが、ほんとのところ”目指すべき場所”はそんな遠くではないと思っている。ローテーション投手から阪神のエースへ、そして球界のエースへ。それだけのポテンシャルを持ったピッチャーであるのは間違いない。