神野プロジェクト Road to 2020(31)

 エチオピアで25日間の合宿をこなした神野大地。現地ではゼーン・ロバートソン(ニュージーランド)選手の自宅に宿泊してともに練習し、モハメド・ファラー(イギリス)の練習にも参加した。エチオピアには独特の練習スタイルがあることにも気づき、神野は自分の練習スタイルにも取り入れてみようと思ったことがあったという。



エチオピアから帰国後、GGNと仙台国際ハーフに出場した神野大地

「朝、しっかり走るというスタイルですね。ケニアもエチオピアも朝、けっこうしっかり走って、午後はイージーに設定する感じなんです。たとえば、ジョグは朝15キロ、午後15キロではなく、朝は20キロ、午後10キロ。彼らに聞くと、1日を有意義に使うために朝走るって言うんですよ。午後は治療とかケアとか、自分のしたいことに使えるじゃないですか。

 それに朝は気温が上がらないし、車の量も多くないですからね。たしかに、朝しっかり走ると有意義に時間を使える。日本だと朝走って、午後もしっかり走らないといけない感じで、練習に追われて1日が終わる、みたいな。でも、エチオピアではそれがなく、幅というか余裕を持ってやれているんです。これが強さや速さにつながるのかわからないですけど、これもありかなと思っています」

 練習に追われている状況でのトレーニングや、やらされている練習では強くなれないのは、どんな競技でも同じだ。もっとも、朝に比重に置いて練習をすれば強くなるという科学的な根拠はない。

 だが、朝に集中して練習をやり切れば、その効果は普通に練習する以上のプラスアルファを得られる可能性があるし、少なくとも精神的にはプラスに作用しそうだ。ちなみにエチオピアの朝練習は、8時ぐらいにスタートする。ケニアは早朝5時からするので、朝はゆっくりスタートがエチオピアスタイルのようだ。

 神野も朝練習に重点を置くやり方を参考にしているが、それにはもうひとつ理由があった。

「今、基本的に3食摂っているんですが、それは栄養士さんにも言われ、僕も大事なことだとわかっているんです。でも、エチオピアって、そういう感覚がなくて朝起きて、少し補食してすぐに走りに行く。帰ってきてから食事するんです。

 それを見て、僕も朝は睡眠をたっぷりとって起きたタイミングで走りにいって、戻ってから食事でもいいかなと思いました。ポイント練習の時は時間どおりにやって3食摂った方がいいけど、ジョグの日まで時間に追われる生活をしなくてもいいかなって。『朝練習を終らせなきゃ』というストレスもなくなるので、少し柔軟に考えてみようと思います。それもエチオピア合宿を経験して思ったことですね」

 食事の摂り方について、もう少しフレキシブルに考える必要があるということなのだろう。同じことを継続することも大事だが、自分のスタイルを見つけていくことも重要なこと。従来のマラソンの強化方法にとらわれず、自分のやり方を模索しながら見つけてきた神野にとって、食事の摂り方も再考の余地ありと考えるようになった。それも今回の合宿での気づきのひとつだった。

 エチオピアに行く前、「実際に現場を見て、MGCの前の合宿地をケニアにするか、エチオピアにするかを見定める」と神野は言っていた。25日間の合宿でいろんなことが起きたが、果たして、その見極めができたのだろうか。

「トータルで考えるとケニアです。エチオピアでは質の高い練習ができましたけど、僕は速いランナーよりも強いランナーを目指しているし、タフな練習をして強くなっていくタイプ。質の高い練習よりも泥臭い練習を積み上げて力をつけていく感じなので、ケニアのアップダウンの多いところでジョグや距離走をしていた方が、フラットな環境が多いエチオピアよりもタフさを身につけることができる。なおかつ生活面も考えるとケニアがいいかなと思いました」

 もうひとつ、エチオピアに行く前に神野が語っていたのは、2700mの高地トレーニングから平地に戻ってきた時、短期間でどういう走りができるのか、体がどう反応するのか。それを2つのレースで試すというミッションだった。

 その最初のレースが、5月4日、ゴールデンゲームズインのべおか(通称GGN)の1万mだった。

「1日に帰国して、3日後のレースにどういう反応が出るのか見たかったんですけど、レース前日の状態がメチャクチャよくて、ヘモグロビンの数値もよかったんです。『これは!』って思ったんですが、単純にいうと試合勘がなかったです。

 レースに出ている多くの選手は、ここに照準を合わせていて、この大会までに複数のレース走ってきていると思うんですけど、僕は2019年度初のレースで、しかもトラックレースが1年ぶりということもあってぜんぜん流れに乗れなかった。正直、高地から下りてきたけど、この反応をどう判断すればいいのかっていう感じでしたね。もったいなかったですけど、それも経験ですし、少なくともトラックだと3日前に下りてきてのレースは避けた方がいいなと思いました」

 GGNの1万mのタイムは、29分05秒86だった。

 前日の調子がよく、28分17秒の自己ベスト更新を狙える状況ではあったが、今回はタイムよりも高地から下ってきた際の効果を知ることが重要なテーマだったので、そういう意味ではひとつ収穫を得られたことになる。

 では、仙台国際ハーフでは、どうだったのだろうか。

「仙台ハーフは帰国して11日目でのレースだったんですけど、ちょうど体がリフレッシュできて、リラックスしてレースに臨むことができました。レースの走り自体も悪くなかったと思います」

 仙台国際ハーフマラソンでの神野は、レース序盤から中盤にかけて非常にいい走りを見せていた。日本人先頭の村山謙太(旭化成)を追走していたのだ。

「最初の1000mの感覚がいい時は、大体レースもいいんです。今回も2分53秒ぐらいかなって思っていたら、2分47秒で『調子いいわ』って感じでした」

 10キロの通過タイムは、日本人トップの村山と11秒差だった。12キロを越えたところで少しペースが落ちたが、63分05秒の7位でレースを終えた。

「設定タイムを63分10秒にしていたので、まずまずですね。(青山学院大同期の)橋本(崚/GMOアスリート)に負けたのがちょっと不甲斐ないですけど(苦笑)。でも最初2分47秒ペースで入っても、いっぱいいっぱいになることはなかったですし、最後も大きく遅れることはなかった。

 足も、レースのあとは筋肉痛が少しありますけど、走っている時にきついというのはなかったです。ハーフでそういう感覚を得られたのは初めてで、これまでの練習の積み重ねと高地トレーニングの成果がしっかりと体に身についたからだと思います」

 エチオピアから帰国して2レースを終え、高地から下りてくるタイミング、そして高地トレーニングの成果について、神野はどう感じたのだろうか。

「今回2つのレースを経験して、僕自身は10日前ぐらいに高地から下りてきてレースに出るのがベストかなと思いました。そのくらいの時間を置いたほうが疲労も抜けて、体のコンディションを上げることができたし、高地トレーニングの効果も出せたので……。ただ、エチオピアもケニアも遠いですからね(笑)。長距離移動の疲れがあるので、その時差も少し考えていかないといけない」

 神野にとって、エチオピアから仙台国際ハーフまでが大きなくくりでの”合宿”だった。この期間に得られた練習メニューや調整方法、さらに高地から下りてきた時のデータは、MGCに向けて大きな収穫になったのは間違いない。

 仙台国際ハーフを無事に走り終えた神野の表情は、エチオピアからここまでやりきった感じがあったのか、非常に明るかった。

 また帰国してから神野は、新しい取り組みを始めた。それは、低酸素ルームで睡眠をとることだ。

「仙台のレースの前は、(標高)2300m(の低酸素状態)に設定して寝ていました。とくに寝苦しいとかはなかったですね。服部勇馬(トヨタ自動車)も低酸素で寝ていると言っていましたし、僕はケニアやエチオピアの高地で練習してきているので、ほかの選手よりも慣れるのが早いと思うんです。普段から高地の環境に身を置けるというのはすごく大事なことなので、これからは体の状態を見ながらですが、少しずつ高度を上げていきたいと思っています」

 エチオピア合宿からの強化がひと段落し、しばらくはゆっくりと調整していく。MGCまでのスケジュールは綿密に計画されており、6月からはいよいよ本格的にマラソンの練習に入るという。

「東京マラソン以降、ここまで順調にきているので、このまま流れに乗って、MGCまでいきたいと思っています」

 MGCに向けて、神野らしい独自の強化がこれからも続く。