新たな元号「令和」となって初めての本場所となった大相撲夏場所で、新時代に相応しいフレッシュな風が吹いている。新入幕の西前頭14枚目、24歳の炎鵬(宮城野部屋)だ。

 幕内力士の平均体重が160キロを超える”大型化”が進むなか、身長168センチ、体重99キロと幕内最小の体で”土俵狭し”と動き回る相撲は新鮮そのものだ。場所前に掲げた2桁勝利と三賞獲得に向け、9日目を終えた時点で7勝2敗と大健闘。連日、館内から注がれる喚声に「やる気になります。自分の原動力になっています」と目を輝かせる。




6日目には体重79キロ差の矢後(右)に勝利した炎鵬(左)

 出身は、石川県金沢市。5歳で相撲を始め、金沢市立西南部中学3年生の時には、同級生だった幕内の輝(高田川部屋)と共に「全国都道府県中学生選手権」で団体優勝を果たした。金沢学院東高校(現・金沢学院高)に進学し、3年時には毎年5月に行なわれる全国大会「高校相撲金沢大会」の個人戦で3位。さらに金沢学院大に進むと世界選手権の軽量級で2年連続優勝を飾った。

 大学卒業にあたり就職活動を行なうなど、当初は大相撲の世界に入るつもりはなかった。だが、宮城野部屋の稽古を見学した際に、横綱・白鵬から直接スカウトされて入門を決意。アマチュア時代から”ひねり技”が得意だったことから「ひねり王子」と呼ばれ、白鵬の内弟子として2017年春場所で初土俵を踏んだ。

 翌夏場所の序ノ口デビューから期待以上の活躍を見せ、序ノ口、序二段、三段目で優勝し、さらに秋場所の7番相撲まで負けなしの21連勝を記録するなど、わずか1年後の2018年春に新十両に昇進した。これは幕下付け出しを除き、前相撲からの所要場所では史上1位タイとなるスピード出世だった。

 四股名の「炎鵬」も、入門前からその相撲センスとあふれる気迫に白鵬がほれ込んで自ら命名した。小さな体でも「気持ちで負けないように、常に燃えてほしい」との思いを込めて、「炎」に白鵬の「鵬」を組み合わせた”白鵬の秘蔵っ子”として、出世街道をひた走ってきた。

 体重100キロ未満の力士の新入幕は、2011年秋場所でチェコ出身の隆の山が果たして以来、8年ぶり。「小さい子にもこの体で勝つところをみせたい」と巨漢力士に挑む姿は、昭和時代に”ちびっこギャング”と評された関脇・鷲羽山、平成では”技のデパート”と謳われた小結・舞の海らを思い起こさせる。

 師匠の宮城野親方(元幕内・竹葉山)は、「そうしたこれまでの小兵力士は、相手に密着して食らいつく相撲だった。しかし炎鵬は、動いて動いて横から崩す相撲なので、過去の小兵力士とはまったく違う相撲内容です」と評する。その相撲が炎鵬の”生命線”になっているため、宮城野親方は稽古場で「絶対に止まってはダメだ」と口酸っぱく指導しているという。

「止まるとあの体だから上から潰されてしまう。幕内で上位に行くためには、とにかく動くこと。とくに横から攻める動きは、他の力士にはない彼だけの武器ですから、そこを最大限に生かさないといけないんです」

 続けて親方は、中日まで4連勝を含む好成績について「(動く相撲を)徹底して貫いていることが星に表れている」と評価した。確かに、共に「足取り」で勝った3日目の佐田の海、8日目の千代丸との一番は、止まることなく攻め続けた会心の内容で、「令和の牛若丸」と呼ぶにふさわしい動きだった。

 6日目は178キロの矢後を相手にスピード感あふれる相撲を展開し、79キロの体重差をものともしない攻めで最後は「上手ひねり」で転がした。一方で7日目に対戦した、116キロと同じく小兵の照強との一番では、右上手を引かれて動きを止められ、「裾払い」で敗れている。

「止まったら負けるという覚悟で土俵に上がってほしい」と、あらためて期待を口にした師匠は、今後の課題についても次のように述べた。

「今場所は、幕内の関取衆も初めて対戦する力士が多いから、炎鵬の動きに慣れていない面もあって、それが勝ちにつながっているところがあると思います。来場所からはみんな徹底的に研究してきますから、そうはいかなくなると思う。だからこそ、そうした慣れを上回るぐらいのスピードで動かないといけません」

 そんな師匠の言葉を受け、炎鵬も「気持ちを引き締めていきたい」と、目標の2桁勝利と三賞獲得へ、終盤戦に向けて気合を露にする。

 今場所は白鵬が休場したため、兄弟子の石浦と共に露払い・太刀持ちを務める「横綱土俵入り」は実現しなかった。楽しみは来場所にお預けとなったが、炎鵬は「優勝決定戦で横綱と対戦してみたい」とさらなる夢を掲げる。

 端正なマスクで”相撲女子”のハートもわしづかみにする炎鵬は、小さな体に大きな夢を詰め込んで、令和の土俵で躍動する。