彼女の見る夢の原点には、いつも、幼少期に抱いた憧れや、幼き日の甘美な思い出がある。 初めてツアー優勝したインディアンウェルズ大会は、彼女が今も憧れる存在を知るきっかけとなった、始まりの地。観客のブーイングを浴びながらも頂点に立つ姿を見たそ…

 彼女の見る夢の原点には、いつも、幼少期に抱いた憧れや、幼き日の甘美な思い出がある。

 初めてツアー優勝したインディアンウェルズ大会は、彼女が今も憧れる存在を知るきっかけとなった、始まりの地。観客のブーイングを浴びながらも頂点に立つ姿を見たその日から、セリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)は、大坂なおみがテニスをする理由となった。



大坂なおみはクレーコートでも強さを発揮できるようになった

「最も優勝したい」と願ったグランドスラムが全米オープンだったのは、会場であるUSTAナショナルテニスセンターこそが、大坂が初めてテニスボールを打ち始めた場所だからだ。そのセンターコートでセリーナに勝ち、優勝するという幼い夢を、彼女は昨年の9月に現実のものとした。

 全米オープン以外にも、テニスの世界には”グランドスラム”と呼ばれる夢舞台があると知ったのは、いつのことだったろうか?

 全豪に全仏、そしてウインブルドンと全米は、いつでも、なおみ少女の目を輝かせてきた。

 グランドスラムで戦うセリーナの姿を追い、やがては、セリーナのライバルと呼ばれるマリア・シャラポワ(ロシア)らにも憧憬の目を向けていく。その4大大会すべてを制することがテニス界最大の栄誉と知り、ならば自分もそれを成し遂げたいと、新しい夢を見た。

 大坂は、全米に続き今年1月の全豪オープンも制した時、早くも「次の目標はフレンチ・オープン優勝」だと言った。

 今年のクレーコートシーズンに入ってからも、目指すは4大会すべてを制する「キャリア・グランドスラム」であり、さらには、「年間グランドスラムなら、さらにすばらしい。それが間違いなく、今の私の目標」だと、さらりと明言した。思えば、セリーナがグランドスラム4大会連続優勝……俗に呼ばれる『セリーナ・スラム』を達成したのも、今の大坂と同じ21歳の時だった。

 大坂が初めて、ヨーロッパのレッドクレーコートに足を踏み入れたのは、わずか3年前のことだ。

 実際に立つクレーコートは、想像していたよりもはるかにイレギュラーが多く、足もとの踏ん張りも効かない。赤土に対して抱いたのは、フラストレーションと苦手意識。しかし彼女は、「だからといって、クレーを避けるわけにはいかない。私はどのサーフェス(コートの種類)でもすばらしいプレーができる選手になりたいの」と、上達を自らに課した。

 グランドスラムの達成は、ハード、芝、そしてクレーの全サーフェスを制することでもある。「そのための最初の大きなステップは、クレーでのプレーや適応法を学ぶこと」。だから、彼女はクレーシーズンに挑む前に、ロサンゼルスで厳しいトレーニングに励んだという。

 その成果は、クレー開幕戦となるシュツットガルト大会で、早くも実感することができた。準々決勝のドナ・ベキッチ(クロアチア)戦は、最終セットのゲームカウント1−5と追い詰められた大坂が追いつき、6−3、4−6、7−6の大接戦でモノにした試合だ。

 だが、大坂がこの試合を「ここまでのクレーシーズンで最高の勝利」にあげた訳は、剣ヶ峰から逆転したことにあるのではない。「純粋にとてもいいプレーができた試合」であり、これまで苦しめられてきた赤土でのフットワークに大きな進化を感じることができたからだ。

「今まではボールを打った後に足もとが滑っていたが、最近は滑ってボールに追いつき、打つことができる」と感じ、スライディングしながら「これは楽しいぞ、と思えた」試合でもあった。

 今季の大坂が、クレー3大会で残した戦績は7勝3敗。その3敗のうち2つは、棄権により戦わずに喫したものだ。なお、過去3シーズンの彼女の赤土での勝敗は9勝10敗。これらは、今季の大坂がいかに「大きなステップ」を踏み出したかを象徴する数字である。

 クレー2大会目のマドリードで敗れた時、大坂はその最大の理由を「1位の地位がかかっていたこと」に求めた。その試合で勝てば、当面の1位を確定できる--。その重圧が、コート上で彼女の思考を混濁させたという。

 さらには翌週のローマでも、大坂は1位への渇望を隠そうとはしなかった。

「1位と2位では、周囲の捉え方が大きく異なると感じてきた。私のことが話題にのぼる時、それが『世界1位』と『2位の選手』とでは、人々に与えるインパクトに大きな差があるだろうから」

 頂点からの景色を言葉でつづったうえで、彼女は「全豪で世界1位になった後、次の最大のインパクトは、グランドスラムで第1シードになることだと思った。その時から、第1シードは常に心のどこかに引っかかっていた」と認めた。

 同時に彼女は、「自分にプレッシャーをかけたくない」と言う。

「楽しんでいる時ほどいいプレーができるし、それがグランドスラムでいい結果を残せている理由だと思う。グランドスラムでの私は、いつも楽しんでいるから」

 彼女にとっての楽しみとは、幼い日に見た夢の中を生きること。

 ローマでベスト8入りし、自力で世界1位にとどまった大坂は、かつて憧れた『グランドスラム第1シード』の肩書を背に、夢の続きをパリの赤土に描きにいく。