両手を天に突き上げ、深い藍色の空を仰ぎ見るその姿が、この試合の……いや、長い一日の苦しさを、そして手にした勝利の価値を物語っていた。 自分でも「覚えがない」というほどに久しぶりに経験した、ローマ・マスターズでの一日2試合。その2試合目であ…

 両手を天に突き上げ、深い藍色の空を仰ぎ見るその姿が、この試合の……いや、長い一日の苦しさを、そして手にした勝利の価値を物語っていた。

 自分でも「覚えがない」というほどに久しぶりに経験した、ローマ・マスターズでの一日2試合。その2試合目である3回戦では、幾度も剣ヶ峰に追い詰められながらも起死回生のプレーで蘇り、執念でベスト8への扉をこじ開けた。



錦織圭は体力的に厳しくもダブルヘッダーを制してベスト8進出を果たす

 この日1試合目のテイラー・フリッツ(アメリカ)戦は、理想的とも言える勝利だった。

 前日の雨のため全試合が翌日に繰り越された大会は、練習コートまでも用いる多面同時開催で、スケジュールの消化を測る。そのため、第4シードの錦織圭の試合が組まれたのは、第4コート。客席はコートサイドの片面にしかなく、低いフェンスを挟んだすぐとなりで別の試合も行なわれている、小ぶりな戦いの舞台だ。

 客席から人が溢れ、立ち見のファンが幾重にも人垣を築くなかで行なわれたその試合で、錦織は世界6位の強さを遺憾なく発揮する。

 4番コートはスタジアムに比べて球足が速いと言われ、その点ではビッグサーバーのフリッツに有利に働くかに思われた。だが、いざ試合が始まれば、冴えわたったのは錦織の鋭いストロークとリターン。1時間12分のスピード決着は、2試合目に向け大きなアドバンテージになると目された。

 その頃、となりの3番コートでは、第9シードのマリン・チリッチ(クロアチア)が1時間7分で敗れる番狂わせが起きる。チリッチを高速サーブと長身から打ち込む強打で圧倒したヤン=レナード・ストルフ(ドイツ)が、錦織の次の対戦相手だった。

 日本では「マクラクラン勉のダブルスパートナー」として名を聞くことの多いストルフは、今季すでに4人のトップ20選手を破るほどに好調だ。錦織は、ストルフが自分と同じ29歳と知り、「衝撃。ぜんぜん年下だと思っていた」と目を丸くしたが、その驚きは、長身のドイツ人がいかに短期間で急成長したかの証左でもある。

 初対戦となった錦織戦でも、ストルフはこの日ふたつ目の金星を掴むべく、立ち上がりから攻めに攻めた。迷いなくフォアの逆クロスやバックのクロスを叩きこむと、猛然と前にダッシュしネットに詰める。

 錦織も、冷静に狙いすましたショットを左右に散らしていくも、そのたびにストルフは長い手を伸ばし、絶妙なドロップボレーを沈めた。ダブルスでも結果を残している彼が、ボレー巧者であることは錦織の頭にも織り込み済み。だが、予想を上回る相手の技巧に戸惑いミスも増えた錦織が、第1セットを3−6で落とした。

 第2セットに入っても流れは変わらず、錦織は先にブレークを許す苦しい展開を強いられる。

 ただ、この頃から微かに顕在化した「逆転のシナリオ」への予兆は、ストルフのサーブの入りが悪くなったこと。そして錦織が、多彩なフォアで相手を振り回し、リズムを築き始めたこと。3度ブレークされるも、その度に直後のゲームを奪い返し、なんとか第2セットはタイブレークまで持ち込んだ。

 このタイブレークの最初のポイントが、この試合のひとつのターニングポイントになる。錦織が幾度も強打にあきらめずに食らいつくと、最後には根負けしたかのように、ストルフがスマッシュを大きくふかす。これを機に4ポイント連取した錦織が、タイブレークを制して第2セットを奪取。

 その勢いを生かし、第3セットは序盤のブレーク合戦を抜け出すと、最後は長身の相手の頭上を抜く絶妙なロブで、2時間8分の熱戦に終止符を打った。

 今季、2月から3月にかけて早期敗退が続いていた錦織は、その間、フルセットでの競り負けを喫していた。全豪オープン以降は、ファイナルセットでの勝敗は2勝5敗。それだけに今回の逆転勝利を、「苦しい試合を勝てたのは自信になります」と自己評価した。

 体力的には厳しいながらも、価値ある白星を握りしめて向かう準々決勝で戦う相手は、24位のディエゴ・シュワルツマン(アルゼンチン)。身長170cmの小柄なファイターは、錦織が敬意も含めた「仲間意識」を覚える存在であり、練習も頻繁に行なう仲である。

 互いに、手のうちは重々承知。だからこそ、錦織が力を発揮しやすい相手でもあり、まだ幾分おぼろげな自信を確固たる確信に変えうる一戦にもなるはずだ。