東海大・駅伝戦記 第50回 仙台国際ハーフマラソン、10キロ地点--。モニターには大きな集団の先頭を走る鈴木雄太(東海大3年)の姿が映し出されていた。トップ争いをする外国人選手や村山謙太(旭化成)、佐藤悠基(日清食品グループ)には届かないが…

東海大・駅伝戦記 第50回

 仙台国際ハーフマラソン、10キロ地点--。モニターには大きな集団の先頭を走る鈴木雄太(東海大3年)の姿が映し出されていた。トップ争いをする外国人選手や村山謙太(旭化成)、佐藤悠基(日清食品グループ)には届かないが、このままいけば学生トップを狙える位置にいた。

 だがこの時、鈴木は自ら集団を引っ張るというよりは、むしろ後続の選手に前に押し出され、うまく利用されていたのだ。結果、レースは鈴木にとって厳しいものになってしまった。



箱根での出走を目指し、ハーフマラソンで経験を積んでいる鈴木雄太

 鈴木はこのレースで63分台、もしくは64分台前半を狙っていた。そのためにGW中も合宿で走り込みを行ない、調子はよかった。レース前は自分自身、大きな期待感があったと言う。

「このレースをメインに調整してきたんですが、調子がよくて、結構いいところにいけるんじゃないかなって思っていたんです。実際、レースの4日前に刺激を入れた時までは、動きがすごくよかったんです。でも、レース当日の朝は体がちょっと重い感じになって……調整がうまくいかなかったですね」

 鈴木は、東海大OBの佐藤やプロランナーの川内優輝ら名のある選手が走る今回のレースで、目標タイムのクリアと学生トップを目指して出走した。序盤から川内や学生を含む大きな集団の先頭に立っており、15キロ手前までは体が動いていたと言う。

「前で引っ張ったというより、ずっと引っ張られていて、それでもひとりで練習してきたので、全然大丈夫という自信があったんです。でも、16キロの登り坂でみんなが出ていった時に対応できなくて……それがほんと悔しかったです」

 タイムは64分48秒(22位)で、想定タイムよりも40秒以上も遅く、レース後は疲れきった表情を見せた。着替えをしながらも「風がめっちゃ強かった」「みんなに使われた」と、レースでの悔いが口からこぼれてくる。

 帯同した小池翔太コーチからは「学生トップはいけたよな」と言われ、肩を大きく落としていた。それでも狙ったレースへの調整の難しさや、集団の前に出て走ったことはいい経験になった。

「今までの練習からしたら今日の結果は物足りないですけど、後半はガクッと大きく落ちることがなかった。そこは収穫かなと思っています」

 鈴木はそう言って、少し笑顔を見せた。

 今シーズン、鈴木はハーフに絞ってレースに参戦している。2月3日の神奈川ハーフ、3月10日の学生ハーフ、4月7日の日本平桜マラソン、4月14日の焼津みなとマラソン、そして今回、5月12日の仙台国際ハーフ。

 このうち焼津のレース(ハーフ大学生の部)では64分40秒で優勝している。ハーフに絞る狙いは、いったい何なのだろうか。

「今年は自分たちの上の代(4年)がすごく強いので、自分は関カレ(関東インカレ)をはじめ、出雲や全日本を狙うんじゃなく、箱根に出て勝つことを一番に考えていました。そのためにはいろいろな種目に手を出すよりもハーフに絞った方がいいなかと思って、両角(速)先生に『ハーフ1本でやりたいと思っています』と相談したんです。先生からも『その方がいい』と言われたので、今年はハーフに絞って箱根を狙うことにしました」

 春のシーズンから長距離に絞って練習し、駅伝に備えるアプローチの仕方は昨年の湯澤舜(現SGホールディングス)と同じだ。長距離に絞って練習に取り組み、足をつくった。故障もなく、好調を維持した湯澤は、出雲駅伝、全日本大学駅伝はともにアンカーを走り、箱根では2区を任され、68分05秒の快走を見せ、初優勝に貢献した。

 その湯澤のやり方を、鈴木は踏襲している。

「じつは昨年、湯澤さんと1年間、一緒にジョグをさせてもらったんです。湯澤さんはもちろんすごく才能がある方ですが、一緒に練習してきたので、このくらいやればタイムが上がり、強くなれるというのがわかりました。実際、湯澤さんは箱根2区を68分台で走ったことでそれを証明してくれました。両角先生からも『湯澤のやり方で』って言われているので、それでやっていこうと決めたんです」

 湯澤のよさは、粘り強い走りと故障しないタフな体だった。初優勝した箱根の時も、直前まで数名の選手が故障で苦しみ、關颯人(現4年)は走ることができなかった。だが湯澤はコツコツと努力を重ねつつ、故障することなく、力をつけてきた。”無事是名馬”という言葉があるが、湯澤にピタリと当てはまる。

 鈴木も1年時はひざを痛めて1カ月ほど走れなくなったことがあるが、これまで疲労骨折や肉離れなど、大きな故障はない。今年3月の学生ハーフ前に足が抜ける感覚になったそうだが、この時もすぐに治った。故障が少ないところは、湯澤に似ている。

「大きな故障がないのが自分のよさでもありますし、だいぶ強くなってきているので湯澤さんのようになれないことはないかなと思っています。ほんと湯澤さんにはお世話になったというか、練習によくつき合わされました(笑)。ポイント練習が終わって、昼食を食べてから12キロを一緒に走っていこうって言われて……その時はさすがに『えーっ』って思いましたね(苦笑)。でも、近くで湯澤さんの強さを見られたのは、今の自分のモチベーションになっています」

 東海大の箱根優勝メンバーは、2区の湯澤と9区の湊谷春紀が卒業で抜けた。

 長い距離を得意とするふたりの選手が抜けたことで、ロングを走る選手にとっては大きなチャンスになっているが、狭き門でもある。山登り、山下りの特殊区間である5区、6区はスペシャリストがいるが、残りの区間の椅子は優勝メンバーを軸に、箱根を走れなかった關、松尾淳之介(4年)らが狙っている。箱根で走るためには、強力な4年生の間に割って入っていくような走力が求められるのだ。

「昨年、箱根メンバーの上級生と練習した時、こんなにも差があるんだって思いました。わかってはいたんですが、その差を思い知らされました。しかも12月の半ばまでは調子がよかったんですが、そこから疲れが出てボロボロになってしまいました。もう同じ思いはしたくないですし、やっぱり箱根を走りたい。優勝してうれしかったですけど、走れなかったのは悔しかった。今シーズンは箱根1本で考えていますし、走るなら9区か10区です。長距離の区間で結果を出したいと思っています」

 両角監督は常々「連覇をするには前回と同じメンバーだけでは勝てない」と言っている。黄金世代と言われる4年生を脅かす3年生や、新しい選手の台頭が必要だということだ。幸い、山登りの箱根5区を快走しブレイクした西田壮志(たけし)以外の3年生が、今シーズンようやく開眼しつつある。米田智哉、名取燎太が長い距離をしっかり走り、結果を残しつつあるのだ。

「名取がちょっと覚醒しつつあるんで、それは自分らの代としてはうれしいです。自分たちの代は、出雲、全日本というよりは箱根1本に絞る感じです。1年の時に比べるとだいぶ走れてきていますし、力もついてきている。まだまだ弱い3年生ですけど、箱根で勝てるようにみんなで頑張っていきたいです」

 鈴木の言葉からは、自分も含め、自分たちの代への膨らみかけている自信を垣間見ることができる。小池コーチが「鈴木には”ポスト湯澤”への期待がかかっています」と語るように、首脳陣からの期待も大きい。

 このまま鈴木がハーフで結果を出し続け、湯澤のあとを任せられる選手になれば、両角監督も選手起用の幅が広がり、いろんなオーダーが組めることになる。

 またひとり、箱根駅伝の”椅子争奪戦”に名乗りを上げてきた。